答えは簡単
1週間後、あの、僕が別れを告げた日から1週間後だ。
臨也さんから連絡がきた。
それを無視することはさすがに出来ない。
「はい。」
『あ、帝人くん?』
臨也さんは前と何一つ変わらない様子で話す。
『帝人くんさ、俺んちに忘れ物しなかった?』
「え?」
確かにあの日、大慌てで逃げる様に部屋を飛び出したから、荷物はちゃんとは見てない。
だけどこの1週間、特に無くなってて困った物は無い。財布も携帯も、家の鍵も、大切なものはちゃんとある。
「…僕の、ですか?」
『うん、たぶん。どう見ても女の子ものじゃないんだよ。』
それはつまり、他の恋人さんの忘れ物じゃないということだ。
「ちなみに、なんですか?」
『うん?大切なものだよ。』
なんだそりゃ、要領を得ない。
「いや、だから、その、…『時計』とか『財布』とか、物の名前では?」
『今日取りに来なよ。』
それだけ言うと、ブツッと電話は切れた。
僕は内心首を傾げながら、もしかしたらただの新手のイヤガラセはもしれない、と思う。
また修羅場でも起こしてしまって、助けて欲しいだけかも。
僕はニヤニヤと笑いながら内心『困ったなぁ』と思ってる“いざぴょん”を想像してふ、っと笑う。
仕方ない、行こう。
まだ、心の整理はつかないけれど。
まさかまた1週間後に来ることになるとは思わなかった。
そう思いながらインターホンを押すと、中で動く気配がして臨也さんが出てきた。
とりあえず、女の人じゃないことに安心した自分に苦笑する。
部屋の奥に促されてはいると、そこには、1人の女性も居なかった…けれど、僕は目を見開く。
「…あ、空き巣にでも入られたんですか?」
どうにかそれだけ言う。
それくらい、部屋の状態は凄まじかった。
物が散乱して、足の踏み場が無い。
片づけ上手、では無いが、綺麗好きな臨也さんらしくもない。
「ん〜、ちょっとね。」
臨也さんは言葉を濁す。
そんな臨也さんを見て、僕はあることに気が付く。
そ、っと臨也さんの頬に手を伸ばし、触れると、臨也さんは驚いたようでびくっとした。
僕は慌てて手を離す。
「す、すいません。臨也さんが無精ひげはやしてるの、珍しくて…。」
元々体毛の薄い人だから、僕の気のせいかと思って思わず触ってしまった。
臨也さんは言われて気が付いたように自分の顔に手を伸ばし「ほんとだ…。」と、ばつの悪そうな顔をした。
さらに臨也さんの顔を良く見ると、隈も出来てる。
この1週間、ものすごい忙しかったんだろう。
僕は納得した。
「急に呼ぶから、何事かと思いました。」
「あ、えと、」
「この部屋、片付けるの手伝いますよ。」
「え?」
「そういうことだったんですね、忘れ物、だなんて変な言い方して…。」
「あ、」
「随分と忙しかったんでしょう?」
「…う、ん。」
臨也さんが頷いた。
部屋を片付けるのは意外と大変では無かった。
元々、収納スペースはちゃんとあるのだから、もう一度そこへ入れれば良いだけ。
あっという間に終わった。
「だいたい綺麗になりましたね。」
「うん。」
僕は鞄を持つ。
慌てた様に臨也さんが「疲れたでしょ、お茶にしない?」と言った。
まぁ、お茶ぐらい頂いても良いかもしれない。
「いただきます。」と、僕が言うと臨也さんは何故か喜々としてキッチンへ向かった。
「あのさぁ…。」
香りの良い紅茶を頂いていると、臨也さんが言いにくそうに切り出した。
「はい?」
「…また、部屋が汚くなったら片付けに来てくれない?」
・・・片付け自体はお安い御用だ。
僕は掃除が嫌いじゃない。
だけど、
「…構いませんけど、片づけならきっと女性の方が上手だと思いますよ。」
今まだ心の整理がつかないのに、そう何度も臨也さんちには来たくない。
僕はそう思って、暗に『他の恋人さんを呼んでください』と含めて返した。
「・・・。」
臨也さんから何の返事も無いので、不思議に思って僕が臨也さんを見ると同時に、臨也さんが僕を押した。
思い切り圧し掛かられて、ソファに押し倒される。
「いざやさっ」
名前を呼ぶと噛みつかれた。
噛みつかれたんじゃなくて口付けられているのだと気付くのに数秒かかる。
今まで体験したことの無い苦味に顔をしかめた。
煙草の味だ。知らない癖にそう思った。
「んぅ、んーーー!」
講義の声も飲み込まれた。
好き勝手に口内を荒らされて、舌でも噛んでやろうかと思ったけれど、経験の浅い僕ではそんな力も奪われる。
やっと唇を離されたときには、すっかり力が抜けていた。
「ぁに、するんですか、いざやさん…っ。」
「帝人くん、っ、帝人くんっ。」
切なげに名前を呼ばれて、僕の胸も切なくなる。
「駄目なんだ、」
「え?」
臨也さんは目を細めて僕を見る。
「帝人くんじゃなきゃ、何もかもうまくいかない。」
「何が、」
「何もかもだよっ!」
問いかけると苛立たしげに臨也さんは叫ぶ。
「仕事も、生活も、俺の人生全てが上手くいかなくなるっ、帝人くんが居なきゃ…っ。」
「俺は、駄目なんだ。」