二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

黒も見慣れたよ

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

セーシェル-1-


 夢見る乙女で居たかったんです、私は。
 昼下がりのカフェテリアの、一番隅の窓際の席、静かなざわめきと、上から降り注ぐ日光が作る影が、紅茶のカップを透明にして、白い陶磁器は夢の中みたいにぼやけている。白昼夢。未だに飛行機の中で寝ていて、だからこんな、まだ四度しか会ったことのない少年と向い合せに座って、妙に人生の奥の方にまで突っ込んだ話を始めようとしている、そんな夢の中なのかもしれないという、錯覚を起こすほどに、ここは少女の居場所では無かった。ガラスを通して見える人々の多さも忙しなさも、空が見えない程に高く立った建築物も、非日常に満ちていた。イタリア。コーヒーを勧められたけれども、苦いのは嫌です、断って、代わりに少年が注文してくれたのは紅茶だった。紅茶は好きです、少女は一時期保護者であった英国の紳士を思い出して、一口熱い液体を飲んだ。砂糖もミルクも淹れない、のは、今の保護者へ少しばかりの気遣いだろうか、無意識の好みまで我々は世界に干渉される、切ないけれど、抱擁されているような、温かみさえ感じてしまう。
 目の前の少年は、煮え切らない風にコーヒーを啜った。少年が切り出すまで、少女は何も話す気は無かった。問題は薄々察していたけれど、言いにくい話題ならなおさら、誘った当人が話すべきである。フランス旅行のついでとはいえ、帰る日程を変更して、わざわざイタリアまで来たのは、彼がすべて原因なのだから。少女は沈黙が気にならない性質であった。静かに紅茶を飲んでは、窓の外を珍しげに眺める。つい昨日まで居たフランスとは、また違った景色がそこにはあった。
 カフェテリアの、ウェイトレスやバリスタ、客の話す言語が違うことは当たり前だけれど、話す内容も違う様に、意味が解らないなりに少女は感じる。フランスは愛を、イタリアは情熱を、その言語に込めて話している。おそらく、それが恋の形。では、私は? 問われればきっと困ってしまうけれど、少女は答えを模索して、茫洋とした結論を思いつく、色々な言語が混じった少女の言葉は、つまり、すべてを包む大海なのだ、と。青い海が、私の恋の形かと、現実味の薄いカフェでふわふわと、赴くままに思い浮かべる。
 恋や愛やと現を抜かすほど、私は夢見る乙女なのだ、と、言い聞かせるも既に、自分はそんな甘い存在ではないことを知っている。少女時代の終わりに、つい先日会いに行った。死神みたいに真っ暗な出来事は、意外にも優しく淡いものであったし、死神を連れてきたのが今の保護者であったから、恐ろしさは忘れてしまった、ただ、寂しいだけだ。そして、今度は私が目の前の少年に、少年時代の終わりを告げねばならない。もしかすると、彼は終わらないかもしれないけれど、それならば、きっかけを作るだけならばまだ荷は軽い。いずれにせよ、憂鬱な仕事であった。義務でも誰かに命じられた訳でもないけれど、少年から、話があるんだ、電話を貰った瞬間の、あの機械音じみた一瞬が、少女に未来を見せてしまった。恋や愛やと夢見る子供は、いつか大人の現実をもってして壊れてしまう、壊れて、元に戻らぬままひび割れた体で大人を名乗る。少女はまだ大人を名乗りたくない。けれど、もう、大人であることを知っている。大人が子供を導くのは、世間一般の道理かもしれない、ふと思いついた事柄に、反発するように少女は思い出をめくった。
作品名:黒も見慣れたよ 作家名:m/枕木