give me, give you
「ぬぁみっすぁ~ん!」
「サンジくん!?」
驚いたナミが、受話器の向こうから聞こえてきた声の主の名前を呼ぶ。するとナミの目の前で、ゾロの身体が明らかにぎくりと強張った。そして踵を返そうとしたゾロの腕を、咄嗟にナミは掴んで引きとめる。
「どうしたの、今日はお店忙しいんじゃないの?」
サンジの家はレストランで、学校がない日はいつもバイトとして働いていると言っていた。だから明日が本番とはいえ、祝日の今日も空いているわけがなく、パーティーには参加できないものだと思っていたから、最初からサンジに声をかけることはしていなかった。
「死ぬほど忙しい明日に備えて、今日はランチまでにしてもらったんだ」
だからナミさんとも会えるよ!と、浮かれている様が目に浮かぶほどの嬉しそうな声でサンジが言う。サンジが来ているならますますゾロもパーティーに参加しやすいだろう、そう思ったナミがそれを電話の向こうのサンジに知らせようと―――
「あのね、いまあたしも……キャッ」
ゾロの名前を言いかけたところで、ゾロに携帯電話を持つ手を弾かれた。ストラップを手首に巻きつけていたから幸い落とさずには済んだが、その拍子に通話は切れてしまった。
「ちょっと、なに……」
「……あいつが、どうしたって」
いきなり何をと怒ろうとしたナミは、だが、何かを堪えているかのように、眉を寄せ苦しそうな―――ともすれば泣き出しそうにも見えるゾロの表情に、思わずぐっと息を呑んだ。
「これからクリスマスパーティーなんだけど、その会場に、サンジくんが来てるって、だから……」
そこまで言いかけたところで、ゾロの顔色が血の気を失ったかのように青く変わる。そこでナミはようやく気がついた。ゾロがこの日にバイトを入れなかった理由を、―――サンジが今日、レストランを休んだ本当の理由を。
ナミは「だからゾロも来なさいよ」と続けようとした言葉を飲み込んで、再び鳴った電話を取った。離すまいと、ゾロの腕を掴んだまま。
「ナミさん、どうしたの!?」
心配そうにサンジが聞いてくる、だがいまのナミにとってはただひたすらサンジが憎らしかった。
「大丈夫、ちょっと人とぶつかっただけ、それよりね」
ごめんね、急に行けなくなったって、みんなに言っておいてくれる?
電話の向こうでサンジが大仰に「ええーっ!?」と悲壮な声を上げる、それに「ほんとにごめんね」とかぶせるように言って、ナミはぷつりと通話を切り、そのまま電源も切った。
ゾロは驚いた表情でナミを見ている。
「いいのか」
「そんな状態のあんたを一人になんてしておけないわ」
鏡見てみなさいよ、ひどい顔よと言ってやれば、「同情ならいらねェ」とゾロは憮然として答える。その一言がすべての答えだった。
ゾロは今日、サンジと約束をしていたのだ。そのために二人とも時間を空けたのに、恐らくサンジはゾロに会いに行く途中で、パーティーに参加する誰かと会ってしまったのだろう。そして生来の女好きは誘われて断るわけもなく―――むしろ嬉々として頷いたのだろう、ナミはそれが目に浮かぶようだった―――、ゾロとの約束をあっさり捨てて、女の子たちとの楽しい時間を選んだのだ。
「……こういうのは、同情じゃなくて友情っていうのよ」
自分で言いながら、ナミはその言葉に虚しさを感じた。違う、本当は愛情なのに。私ならゾロにそんな淋しい思いはさせないのに。
ゾロがサンジに想いを寄せていることを、ナミはずいぶん前から気づいていた。それはナミが、誰よりもゾロをよく見ていたからだった。ゾロの心を独占しておきながらまったくそのことに気づいていないサンジが、憎くないといえば嘘になる。それでもナミは、サンジのことも友人として好きだった。だから二人にはいつか幸せになってほしいと、本心からそう思っていたのに。
サンジはあっさりとゾロを裏切ったのだ。
「一日早いけど、二人でクリスマスしよっか」
「金ねェぞ」
「おごるわよ」
「……よせ、あした雪が降る」
「どういう意味よ」
軽口を叩き合っているうち、ようやくゾロの表情も和らいでくる。それに安堵しながら、ナミはゾロの手を引いて商店街の方へと足を向けた。
作品名:give me, give you 作家名:やまこ