悪魔と唄えば / リボツナ
闇の中で、誰かが笑い声を立てた。
*
―――ツナ!
「父さん?」
綱吉の父親であり、ボンゴレの外部組織、門外顧問のボスである家光から電話がかかって来たのは、マグナが並盛での生活にも慣れて来た頃だ。
その日綱吉は獄寺と山本と一緒に帰るところだった。京子と黒川は塾に通うためにこの場にはいない。
どこか切羽詰まったような父の声に、綱吉が眉をひそめる。もしや本部で何かあったのだろうかと、一緒に足を止めた山本達の表情が険しい。
―――わりぃ、そっちにいっちまった!
「え?」
何のこと!?と、聞き返す綱吉の言葉は獄寺の「十代目!」と言う言葉に遮られた。
「え?」
なに?と、綱吉が顔を上げるとほぼ同時に、獄寺と山本の身体が後ろへと吹き飛んだ。
「ガッ」
「ツ、ナ」
「山本、隼人!」
「ツナ!」
いったい何が起きたのかと、ブロック塀に激突した二人に駆け寄ろうとした綱吉の制服のジャケットをマグナが掴む。それに動きを止めて振り返れば、そこに立っていたのは一人の青年だった。
―――逃げろツナ、そいつはヤベェ!
まだ繋がったままの携帯電話の向こうから家光の喚く声が聞こえる。それにこたえる余裕もなく綱吉は携帯電話を二つ折りにすると、身構えた。
「ネ、ネス」
「あぁ、マグナ」
にこりと、青年が微笑む。鋼色の髪と瞳の青年だ。ノンフレームのメガネをかけた知的な様子がにじみ出ている。年は綱吉達よりもいくつか年上だろうが、線の細さが目立つ。
だが、言い知れぬ違和感に綱吉はとっさにマグナをかばうように前に出た。青年はそんな綱吉に視線を向けることなくマグナへと手を差し伸べる。
「ようやく見つけたよ、マグナ。さぁ帰ろう?」
「ネ、ネス…」
マグナと同じ国の人間なのだろう、ドイツ語で青年は告げた。
よく手入れのされた、上流階級だろう綺麗な手が、何よりも恐ろしいと言うようにマグナは震えながら首を振った。彼が一歩一歩近づいてくるたびに体の震えは大きくなり、綱吉のジャケットを掴む手は強くなる。
そんなマグナの怯えに、青年は目を細めて安心させるような笑みを浮かべる。優しいはずなのに、綱吉にはなぜか寒気がするほど冷たい笑みに見えた。
「僕から君を引き離す奴らはみんな僕が消してあげるから…君は安心して」
「ち、ちが…俺は」
「君は僕のそばにいればいいんだ」
そうだろ、マグナ。と、青年の手がマグナへと伸びる。彼は、最初から綱吉の存在など視界に入っていない。綱吉はとっさにマグナの身体を抱き込むと、その場から大きく離れる。
自分の前から消えたマグナに、青年が不満そうに顔をしかめた。
「……何者だい、君は?」
初めて青年が綱吉を見た。メガネのレンズの向こうの瞳が温度を灯さずに綱吉を見据える。
「状況はさっぱりわからないけど、マグナは怯えてるだろ?他人の嫌がることはしないってのは人間関係の基本だと思うけど?」
おおよその言語はリボーンに叩き込まれているとはいえ、ドイツ語で実践的に話すのはこれが初めての綱吉だ。ちゃんと通じているのか不安に思いつつそう言えば、青年が目を細める。
「部外者は黙っていてもらおうか。これは僕とマグナの問題だ」
わからないなら口に出すな。と、彼は綱吉を一瞥すると、マグナへと笑みを向ける。やはり寒気がするような笑みだった。その笑みに、綱吉にしがみつきながらマグナが告げる。
「ね、ネス聞いて、俺は外に出たいんだ!日本で学校に通ったんだ。と、友達もできたんだよ!」
「マグナ…」
外に出たい。と言うマグナに、彼は悲しそうな笑みを浮かべた。まるで幼子に言い聞かせるような笑みだ。
「ネス……」
「そうか、わかったよ。君はあの悪魔にだまされているんだね?」
あれこの台詞、どっかで聞いたことあるよね。と、綱吉が思い出すのと行動はほぼ同時だった。マグナの腕を引いてその場からすかさず飛び退る。
そのすぐ後、綱吉達のいた場所はアスファルトがえぐられていた。そして青年の手には、えぐったばかりと思われるアスファルトの破片がある。
「げ!」
綱吉が顔を引きつらせる。人外揃いと評判のマフィアの中でも、素手でアスファルトを削れる人間となればかなり限られてくるものだ。
「ネ、ネス!」
「そうじゃなきゃ君が僕のそばを離れたいなんていう訳がない!」
マグナを抱きかかえたまま、綱吉が地面に着地する。アスファルトを素手えぐり取った青年はゆらりと立ち上がった。その瞳に宿るのは紛れもなく狂気だ。
「ネ、ネス…ま、さか……どうして、どうして!!」
綱吉の腕の中からマグナが混乱したようにそう叫ぶが、青年はえぐり取ったアスファルトを粉々に砕くと、そのまま綱吉へと襲いかかる。
―――まずい!
マグナを抱えたまま反撃できない。と、綱吉が衝撃を受け止めようとマグナを抱く力を込めた。わけがわからないが、ただ直感として彼にマグナを近づけてはいけないと言う事だけがわかった。
それは、以前に親友と偽って幼馴染を己の傀儡に仕立てようとした青年――ちなみにその時に綱吉は悪魔呼ばわりされた――に対して感じたのとは違う危機感だ。
そんな綱吉の腕の中でマグナは自分に迫りくる青年を「どうして」と呟いて見つめるしかない。彼もまた、混乱の中にある。
―――時雨蒼燕流 七の型 繁吹き雨!
そこに、青い炎が巻き上がり青年を吹き飛ばした。綱吉とマグナが驚きに目を見張る。
「や、山本」
「大丈夫ですか、十代目!」
ザッと、二人の前に立つ二人に綱吉がうなずく。吹き飛ばされたものの、二人とも大したダメージを受けなかったようだ。ずぶぬれのまま起き上がる青年。それに山本が眉をひそめた。
いくら守式とはいえ殺人剣と言われた時雨蒼燕流の奥義を受けてすぐさま立ち上がるなど一般人相手ではほぼあり得ない。だがダメージを受けていないわけではないらしい。
フラフラと揺らめく青年は、メガネを拾い上げた。レンズにヒビの入ったメガネを再びつけ直すとマグナへと笑みを浮かべる。
「マグナ」
あちこちから血を流しているにもかかわらず、まるで何事もなかったように微笑む青年に、思わず三人の背筋に何とも言えないものが走った。無言でそれぞれが武器を握りしめる。
「ツナ、いったん離れろ。あいつは普通じゃねーのな」
「行ってください十代目」
山本と同じく武器を構える獄寺に、綱吉は頷く。敵の正体がよくわからない上、ここにマグナを置いておくのは危険すぎる。
「あぁ。行くぞマグナ」
「ネ、ネス!」
綱吉はマグナを地面に下ろすと、すぐに腕を引いて駆け出す。背後からは爆発音や金属音が聞こえてくるが、振り返るわけにはいかない。
いくつかの角を曲がると、同時に上から二人の人物が二人の前に降り立った。
「「!?」」
綱吉が反射的にマグナをかばうように立ち、マグナが顔を強張らせる。しかし、現れたのは見知った二人だった。だが、あまりない組み合わせでもある。
「無事ですか、綱吉君!」
「無事か、沢田くん!」
「骸、黒羽さん!?」
息を乱している二人に、綱吉も驚いたように目を見張った。
*
作品名:悪魔と唄えば / リボツナ 作家名:まさきあやか