悪魔と唄えば / リボツナ
綱吉達が二人と共に駆け込んだのは、かつて快斗が住んでいた江古田のはずれにある古い洋館だった。周り中を鬱蒼とした木々に囲まれた屋敷は「いかにも」な空気を滲ませている。
「お待ちしておりました。お目にかかれて光栄ですわ。マグナ様」
そう言って出迎えたのは、綱吉も面識のある美少女だ。正当なる赤魔法の後継者で、以前ある事件で綱吉は命を助けられたことがある。
「君は…」
「小泉紅子、赤魔法の後継者でございます」
戸惑うマグナに、紅子は深々と頭を下げると、そう名乗りを上げた。それだけで事情を察したのか、マグナも礼を取る。
「…そうか、君が…。この度はこちらの騒動に巻き込んでしまって申し訳ない」
「いえ。こちらに、バルレル様がお待ちです」
マグナの言葉に紅子はそう告げると、一同を屋敷の奥へと促した。最初に歩みを進めたのはマグナで、その後に綱吉、快斗が続く。
「あ、あの、いったいなにが…」
起きてるんですか?と、快斗に尋ねる綱吉。
もともと紅子は快斗の知り合いだ。事情を知っているのだろうと尋ねる綱吉に、快斗は首を振る。
「オレに聞かないでちょーだい。紅子からいきなり電話かかってきて、沢田君と、そっちの子を速攻つれて来いっていわれたんだよ。六道くんとは現地合流」
快斗がそう言えば、最後に歩き出した骸がひょいと肩をすくめる。そこに、綱吉のポケットの中が震えた。携帯電話だ。
ディスプレイを見ると山本からだった。
――わりぃ、逃がした。とりあえず俺も獄寺も無事だ
悔しそうな親友の口調に、だが二人とも無事だとわかって綱吉は安堵のため息をつく。
こちらも無事であることを伝えると、山本が安堵のため息をついた。それから獄寺へと伝える声が聞こえ「十代目ぇ申し訳ありません!」と言う獄寺の謝罪の声が聞こえた。
それだけで非日常から日常に戻って来たような気がして、綱吉は知らず強張っていた身体の緊張をわずかに解く。
「よかった。無事終わったらまたリボーンの特訓だね」
―――そーなのな
ククッと、笑う山本に綱吉も母とリボーンへの託を頼むと今日は返るように告げた。
「いいんですか?」
山本の悔しそうな口調から、このまま帰してもいいのかと尋ねる骸。特に山本は、平行して起きている新種の麻薬や女子高校生殺人事件の調査を行っている綱吉や獄寺たちに代わってマグナの護衛を務めていたのだ。
そんな骸に、ポケットに携帯電話を戻しながら綱吉は首を振る。
「お前と紅子さんが出て来たって言う事は、あの二人には手が負えないってことだろ」
そう言ってため息をつく綱吉に、骸は大きく肩をすくめた。実際、骸が感知していることが正しいのなら、いくらボンゴレリングに選ばれた守護者と言えども完全に管轄外だろう。
「そういや紅子、お前ドイツ語は?」
前を歩く紅子に快斗が尋ねると、紅子が肩をすくめる。
「ディベートをしろと言われた無理ですけど、日常会話ぐらいでしたら問題ないですわ」
そう言うあなたはどうなんです?と、紅子が快斗に尋ねると、こちらも肩をすくめる。
「三十カ国語ぐらいだったら通訳なしで問題ないよ」
「三十………」
流石元シークレットナンバー付きの大怪盗。と、綱吉は感心したように快斗の背中を見つめた。
*
「無事か、ニンゲン!」
「バルゥ!ネスが、ネスが!!」
「あぁわかっってる。これではっきりした。あのバカ乗っ取られてやがるな」
案内されたのは、客室の一つらしい。部屋に入るとそこにはすでに小学生高学年ほどの子供が待っており、マグナの姿を見るなりほっとしたように叫んだ。
そしてマグナもまた、そんな子供に駆け寄ると勢いよく抱きついた。
はたから見ても力いっぱい抱きついているとわかるマグナの背中をなだめるように叩いてやりながら子供はそう告げる。
「え、えーと、小泉さん、これ、どういうこと?」
見たところ、感動の再会のようなんだけど。と綱吉が尋ねる。素直によかったと喜べないのは、子供の背中にあるコウモリのような羽とゆらゆらと揺れる尻尾のせいだろう。
一瞬、自身の家庭教師のようなコスプレ趣味かとも思ったのだが、どう見ても本物っぽい動きをしている。そんな綱吉に、紅子は極力綱吉へと視線を向けないようにしつつ頷いた。
「ワタクシも……ほんの数時間前に偉大なるルシフェル様から突然依頼があって…。ですが、あの魔王様も強大な力を思っている方です」
「ごめん、さっぱりわからない」
って言うか理解したくないって頭が言っている。と、真顔で言う綱吉に、骸が苦笑いしつつも補足してくれた。
「彼、クレスメントは有力な術師の一族なんですよ」
「術師?」
「俗っぽくいえばサモナーとかあの辺のジャンルですかね」
「あぁ、骸の管轄か」
この時点で綱吉の頭の中では、この事態を骸に丸投げする方向になっていた。
いくらブラッド・オブ・ボンゴレだのボンゴレリングだのアルコバレーノだの六道骸だの怪しげな者に囲まれてはいるが、綱吉個人としては至極まっとうでかつ平凡な人間なのである。
アルコバレーノや骸が綱吉の主張を聞けば「現実を見ろ」と言われそうだが、少なくとも綱吉はそう思っている。マフィアなどと言うやくざな商売に身を窶す覚悟はあっても、こんなオカルト関係に関わる覚悟ははっきり言ってない。
人間出来ることと出来ないことがあり、これは自分の手には負えないことだとダメツナじゃなくたって思うだろう。
「ひどくないですか、綱吉君」
「っていうか、初代はそのクレスメント?にいったいどんな借りがあったんだろ」
骸の抗議をスルーしつつ、綱吉が首を振る。そんな綱吉に骸はため息をつきつつもう一点気になっている事を口にした。
「それと、九代目がなんの思惑があって彼をこちらに預けたと言うことですね」
「あぁそれもあるか」
ただ預かるだけならイタリアのボンゴレ本部でも問題なかったはずだ。むしろ、相手が超常現象ならボンゴレ本部の方が幻術師などが豊富なはずである。
そんな二人のやり取りを黙って見守っていた紅子は、「ワカクシも先ほど聞いただけですが」と前置きをすると言葉を続けた。
「マグナ様の養父がツテをたよって彼の誘拐を依頼されたということです」
「どういうこと?ネスと言う人物は?」
預かったと言うよりも誘拐だ。と聞いて綱吉が驚く。それから先ほど襲って来た少年を尋ねた。もし誘拐ならば、相手がマグナを取り戻すのは正当な行為可能性がある。
知り合いみたいだけど。と、綱吉が言えば「兄だ」と、とマグナを抱きしめたままの少年が返した。
「兄って言うと…」
「ネスティ・N・バスク。現在の当主だ」
こいつと血は繋がってねーがな。と、子供が肩をすくめる。綱吉もその言葉に、九代目が「仲が良すぎた」と言っていた事を思い出す。
「頭のデキが良かったメガネが当主になって、力の強かったこいつが奥に引っ込む。それでクレスメントは上手くいくはずだったんだ」
「そうだよ、俺は……ネスと、バルがいて、みんながいればよかったんだ」
作品名:悪魔と唄えば / リボツナ 作家名:まさきあやか