悪魔と唄えば / リボツナ
当主は家を発展させ、奥に座る者が家を安定させる。そうやってクレスメントは今まで続いていたのだと言う。実際にネスティが家を継いでしばらくはそうやってうまくいっていたはずだった。
しかしある日突然、彼は義弟を屋敷から出さなくなった。限られた人間だけを彼につけ、それ以外とは接触させなくなる。
それはやがてだんだんとエスカレートし、彼らの義父がボンゴレに依頼する直前はネスティ以外、マグナと会うことは禁じられていた。
それどころか食事すら、ネスティ自らが施すようになっていたと言う。
「どこにいてもネスが見ているような気がするんだ」
もともと理屈っぽく、過保護なところはあった義兄だが、それでもマグナの自由意思を認めてくれていたのだ。
それなのに彼は突然豹変した。浮かべる笑みは穏やかなのに、マグナを見つめる瞳は凍りついたように冷たい。自分が何かしたのかとすがっても、「自分の傍にいればいい」の一点張り。
恐ろしくて逃げ出そうとすれば、マグナではなく屋敷にいる人間を傷つける。そうして周囲を人質として彼はマグナの意思で周囲から人を遠ざけようとした。
実際、九代目の命令を受けた者たちがマグナを屋敷から連れ出す時にはマグナは感情の見えない顔で自分さえここにいれば誰も傷つかないと彼らの手を拒絶したのだ。
「あのメガネ、俺まで弾きやがった。それでわかったんだ、あのバカの心には下級のトィフェルが巣食ってやがる」
「トィフェル?」
「ドイツ語で、悪魔と言う意味だね」
聞き慣れない単語に綱吉が首をかしげると、快斗がそう教えてくれた。あぁそう意味ね、とうなずきつつもなんとも言えない世界に突入していく予感がする。
今まで分からなかったのは、取りつかれた青年の力を利用して気配を相殺させていたからだと言う。「ザコの分際で小細工かましやがって」と、ギリリと、奥歯を噛み締める少年に綱吉が骸へと視線を向ける。
説明しろ。と言う視線に骸が口を開く。
「鬼、悪魔、天使、霊、精霊。言い方はそれぞれですがね。ここで言うのは人の心の闇に住みつきやがてその者の肉体を乗っ取る存在の事を言うでしょう」
子供の言うことが正しいのならば、おそらくは悪魔に付け込まれたのだろう。と、骸が肩をすくめた。術師の一族であると言う事は、当然そういったものに触れる機会も多い。
マグナ達の術で言うところの憑依召喚と言う術はその名の通り悪魔や精霊をその身に宿すことで力をふるう術だ。その力が人間にとってプラスになることもあれば、病や狂気となるなることもある。
本来ならば乗っ取られないように訓練も受けているのだが、心に隙がいない人間などいはしないだろう。そしてそんな人間の一瞬の心の隙や闇をつくのが〝悪魔〟だ。
「鬼に悪魔ねー」
綱吉にとっては鬼と言われれば虎のパンツの青鬼、赤鬼になのだが、実際にはもっと大きな範囲を示すと言う。
そもそもそのネスティに憑り付いているのも悪魔なら、マグナがしがみついている少年もおそらく悪魔なのだろう。単純に悪魔なら悪くて、天使ならば正しいと言うわけでもない。と骸が言う。
「そもそも、天使や悪魔などと言うのは西洋、キリスト教の考えであって、日本や他のアジア地域では…」
「わかった、わかったから!」
その講釈はまた今度でいいから!と、綱吉があわてて骸の口をふさぐ。六道輪廻を巡ったと言う彼は、この手の話になると頼まれなくても饒舌になる傾向にあった。
「それで、その彼は?」
見た感じ人間じゃなさそうだけど、と、快斗が尋ねた。さすがに紅子の友人だけあってこの手の事には多少の耐性はある。
「狂嵐の魔公子バルレル。マグナ様が契約している悪魔です」
彼の一族は、悪魔と契約して力を揮う一族なんですの。と、紅子が言う。彼女もまた、悪魔の力を媒介とし、術や占いを行うものである。
青年が言っていた〝悪魔〟は比喩でもなんでもなく彼のことだったのだろう。
「それで、何故日本に?」
「力の強い悪魔や天使たちは、この人間界で活動するのにはさまざまな制限が設けられています」
逆に弱ければ、弱いがゆえにその影響範囲は国や土地、もっとせまく建物などに制限される。
「なるほど、国を離れてしまえば彼を守護するあの悪魔の力は弱まるが、ネスと言う人物に憑りついている悪魔もそれは同じだということですね」
綱吉の言葉に紅子が答えれば、すぐさま骸が納得したようにうなずく。そう言ったことに全く知識のない綱吉と快斗は完全に蚊帳の外である。なんとなく顔を見わせてお互いに肩をすくめた。
ボンゴレの依頼人は、ネスティに憑り付いた悪魔は力が弱まる国外には追いかけてはいけないはずだと考え、その隙にネスティに憑り付いた悪魔を封じるなりなんなりする予定だったのだと言う。
しかし、ネスティのマグナに対する執着は彼らの予想を超えていた。
「おそらくは、あのバカは魂まで契約しちまったんだ。土地に縛られてねぇ」
ネスティに取付いた悪魔は力が強いわけでもなく、国を離れてしまえば捜索も難しいはずだった。だが、マグナを失ったネスティはさらに心の闇を深め、ついに悪魔は彼の魂を手に入れる。
「人間の魂を手にれた奴の力は格段にレベルアップする。術師ならなおさらだ」
マグナを抱きしめたまま、バルレルがそう吐き捨てる。事態を把握したバルレルはすぐさまこの国の力ある魔術師を探し出し、その白羽の矢が立ったのが、紅子だと言う。
紅子にしてみれば、選ばれた事は誇らしいものの、出来れば関わりたくないと思っていた綱吉に関わることで、正直気が重い。
彼は、闇に生きる人間が関わってはいけないものだ。関われば、魅入られる。そんな危険があった。男を虜にするはずの魔女が、男に虜にされては本末転倒である。
「それでその、どうすればいいわけ?」
正直、悪魔だの魔力だの世界の話をされても綱吉にはお手上げだ。両腕を上げて首を振る綱吉は「骸ならいくらでも貸すんだけど」と自身の守護者を人身御供に出す。
「ホント酷いです、綱吉君!」
僕だって別に専門てわけじゃないんですけど!?と言う骸の抗議はやっぱりスルーされた。
「しかしこのままほおっておけば、彼にとりついている悪魔は彼の肉体を依り代にこちらの世界に来てしまいます」
「そーなったらどうなるんだ?」
紅子がそう呟くと、快斗が首をかしげた。この場において一般人代表である快斗にはいまいちピンとこない話なのだろう。それに、骸が首を振る。
「一般人では太刀打ち不可能でしょう。それ専門の人間もいるにはいるでしょうが…」
探している余裕はないだろうと骸は言う。そもそも自分たちが相手にしている悪魔や天使、もしくは神と言った存在は、あくまでもそれらの力の一部であって、彼ら自身ではない。
それでも人間の手に余るのだが、もしこれが彼ら自身が実体を持って人間界に現れれば、どんな下級悪魔でも通常の人間の手には負えない。
「…ひょっとして、今そこにある世界の危機?」
「ともいえますね」
作品名:悪魔と唄えば / リボツナ 作家名:まさきあやか