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誰も傷付かない恋

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片想いは、理解済み


はじめは声が好きだな、そう思った。
耳に残る、心地良い低さ。それに惹かれたのだと、思っていた。

眠る前に、一日で話した事を思い出す。
他愛ないそれらを、自分に向ける気を許した笑顔と共に思い出せば、それだけで幸せを感じる事が出来た。

そのうち、好きなのは声ではないのだと気が付いた。
話す言葉の選び方、面白いくらい素直に変わる表情、誰よりも寂しがり屋なその中身。

その全てに――惹かれていたのだと。





寂しがり屋なお前は、スキンシップを好む。
けれど、触れる寸前 微かに緊張する事に、きっとお前は気付いていないのだろう。

「よぉ、相棒!」

振り払われなかった事を喜ぶように強められる力。
ぐっと握られた肩が、じわりと熱を持つ。

「どうかしたのか?」

「どうかしたって…弁当だよ!作ってきてくれたんだろ?俺、めちゃくちゃ楽しみでさー!」

そう言えば、昨日の帰りにそんな話をしたような気がする。
あの生姜焼きがもう一度食べたいと言われ、確かに俺は頷いた。

「あ…」

「あ…って、も…もしかして忘れてた?!」

この世の終わりだと言わんばかりの顔に、思わず笑ってしまう。

「冗談。ちゃんと作ってきた」

「くっ…心臓に悪いぜ!頼むぜ相棒、俺朝メシ抜かしてきたんだからさー」

「遅刻ギリギリだっただけじゃないのか?」

「ぐっ…!」

図星か。
笑いを堪える事無く、屋上へ行こうと目で伝えれば嬉しそうな返事が返ってくる。

「お前の料理、マジで美味いよな!」

「なら良かった」

「あ、でもさ。お前の彼女になるなら大変だよな。メチャクチャ料理巧くなきゃなんねーじゃん」

笑って言うその顔に、幸せな気分が音を立てずに粉々になっていく。
俺に彼女が出来るという想像を、簡単にしてのけるお前に、八つ当たりすらしたくなってくる。

分かっている。
勝手にお前を好きになったのは俺で、その想いが一方通行であるという事も。

「別に。好きになったら、関係ないさ」

「かぁ~!カッコいいなぁ、おい!!」

バシバシと背中を叩かれて、屋上へと足を運ぶ。

初めは、笑う顔を見るだけで満足出来た。
留まらぬ欲望と、身をもって示される信頼を裏切りたくないという心が葛藤しはじめたのは、いつの事か。

「俺、オンナだったらお前にキャーキャー言ってたかも。あーよかった、男で」

笑いながら階段を先に上がる背中に、手を伸ばす。
制服を掴まれて、怪訝そうに振り返った顔。それにギリギリまで近づいて。

「今のまま言われても、構わないけど?」

耳元を擽るように息を吹き込めば、一気に赤くなる顔。
焦ったように身体の間に腕を突っ張られ、バカ、だの タラシ、だの不本意な言葉が投げつけられる。


正直な話をしよう。
陽介は、友情以上に俺の事が好きだと知っている。

弱い自分ごと認められた陽介にとって、俺は"特別"なんだそうだ。
"親友"という枠には、大き過ぎる感情。それに気付いているのは、俺だけで。


「陽介」

「ふぇ…?! な、何!」

「屋上、雨が降った後だから誰も居ないな」

「お、マジで?ラッキー!…あ、でも濡れてんな……」

「レジャーシート持ってきた」

「おまっ…どこまで用意周到なんだよ!さっすが俺の相棒だな!!」


初めは、笑う顔を見るだけで満足出来た。
でも今は、それだけでは到底満足出来ない。

俺が想うくらい、頭の中を俺だけに染めて欲しい。
浅はかで、勝手過ぎる願いだが、口にすれば"親友"が戸惑いながらもいずれは受け入れてくれるだろう事も――気付いている。

俺は"親友"にとっての、"特別"で"絶対"であるらしいから。

誰も居ない屋上で、後の事など何も考えずに…一瞬でもいい。その全てを手に入れられたなら――
自分の中に、こんな激情があったなんて知らなかった。全く持って愚かで、救いようがない。


「どした?行かねーの??」

「いや、行こう」


じくじくと広がる熱。
この暴走を留める方法を、俺は一つしか知らなかった。


作品名:誰も傷付かない恋 作家名:サキ