プラトン的愛の構造 前編
この一瞬だけでも、全ての事から解放されたい。
自分とは違う肌を感じて、解け合いたい。
「・・・あぁ・・・っ・・・」
声が漏れないように、唇を塞がれる。
「忍足、好きだよ」
「・・・俺も、好きや・・・」
「・・・ほんとに・・忍足を・・俺のものにしてもいいの?」
コクリと頷く。
今の一瞬だけでも大事にしたい。そう思った。そう思えた。
これが身体の繋がり?
少しずつ、確実に好きになる。
肌蹴たシャツを残して、ゆっくりと肌を隠しているものが剥ぎ取られた。
俺の身体をいたわるように、何度も愛撫が繰り返される。
「・・・・あぁ・・・・・んっ・・・」
「忍足が欲しい。忍足を俺だけのものにしたい・・・」
俺だけのもの?
俺は誰のもの?
大事なのは、心の繋がり?身体の繋がり?
「・・・んぁ・・・あぁ・・・ん・・」
「忍足、ちょっと我慢して、なるべく痛たないようにするから・・・」
何度も自分を納得させるように頷いた。
背に廻した手に力を入れてしがみつく。
俺の中に慈郎がが少しずつ・・・・・・
「・・・やっ・・・ぁあん」
「ごめん、忍足」
「ジロー、好きや」
「わかってるから、忍足」
俺の心の中にある跡部の幻影。
何もかもわかった上で俺を抱いてくれる。
「・・・ハァ・・・んっ・・」
「大丈夫?忍足。忍足の中に入ってるよ・・・」
息を大きくすると、痛みが走る。これが身体の繋がり。
愛の証?
「忍足の中、あったかい」
突然閃光のように身体の中に快感が走った。
自分でも信じられないような声が出た。
「・・・・・あぁ・・・う・・ううん」
普段の忍足からは想像も出来ない甲高い女のような声。
波のような快感が押しては引いていく。
「・・・ゃあ・・・ん」
「忍足、大好き・・・」
「・・・はぁ・・・アァン・・・ジロー・・」
「忍足の中よすぎて加減できないよ」
「ええよ、ジローの好きに・・・したって・・・」
「あぁ、おしたり・・・そんな可愛いこと言うなよ。俺我慢できない・・・から・・・」
「お・俺も・・あ、あかん・・・ジロー・・・」
慈郎が動くほどに打ち付ける快感。我慢できずに漏れる声が余計に快楽を煽る。
「あぁ・・はぁ・・・ジロー・・・・・・」
「忍足・・・・一緒にいこ・・・」
「あああっ・・・」
忍足が甘い熱を放った瞬間、忍足の締め付けに促されて慈郎も忍足の中に熱を放った。
二人同時に果てた。二人で共有する愛するという行為。
そのまま、離れるのが嫌で抱き合っていた。
言葉では伝えられない気持ちがあるのだと、初めて自覚した。
身体が繋げている時の何とも言えない幸福感も初めて知った。
「鍵が掛かってるぜ、部室」
外から向日の不審そうな声が聞こえて来た。
「あっ?なんで鍵なんか掛けたんだろ?」
『ガチャリ』と鍵を開けながら、外へ聞こえるぐらい大きな声で慈郎が言う。
「ジロー、いたのかよ。なんで鍵か掛かってんだよ?」
「俺が入った時に、いつもの癖で掛けちゃったんだよ。母ちゃん達から、お前いっつも寝て無用心だから
裏口にはちゃんと鍵掛けなさいって強要されてるからねえ」
「ふうん」
少しだけ怪訝そうな顔をして、向日は慈郎の顔を見上げた。
「ごめんね、岳人。あっ、亮ちゃんも一緒か」
「もうとっくに練習始まってるぜ」
「で、忍足がまた貧血おこしたんだよ。今から俺が連れて帰るから跡部に言っててくれない」
「おう、忍足大丈夫か?顔色はそんなに悪くないな」
慈郎とは幼馴染の宍戸が心配そうな顔で忍足の顔を覗き込んだ。
「もう、大丈夫や。だいぶ気分も良くなったし、でも立ち上がるとクラクラするから今日の部活は休むわ」
「あぁ、ゆっくりしとけ。跡部には言っとくから。早くジローに連れて帰ってもらえ」
「あぁ、すまんな」
「気をつけろよ、侑士」
慈郎は自分のリュックを肩に掛けると忍足のカバンも肩に掛け、向日達に軽く手を上げて部室を後にした。
思いがけない成り行きで、忍足を抱いてしまった。
忍足が好きなのは跡部なのに。
そう、ちゃんとわかっているのに。
この先に何が待っているのか、慈郎自身もわからなかった。
そんなことを胸に秘めつつ、慈郎は忍足と一緒に一足早く家路についた。
□■□
「わっ!」
後ろから突然触れられた感覚に、びっくりして飛び退いた。
「えっ?なんだよ、侑士。お前ビックリしすぎ」
「あ、うん。すまん」
触れられるという行為に対して、これほど敏感になっている自分にビックリする。
「別に謝る必要は無いけど、お前最近なんかおかしいぜ」
岳人には珍しく真顔で問う。
「跡部や慈郎と何かあった?」
「えっ?。何も無いで」
「ならいいけどさ。昨日なんて跡部と慈郎、妙な雰囲気だったぜ」
「跡部と慈郎が・・・」
自分ののせいであの二人の間まで気まずくなっているのは間違いない。
跡部と慈郎は幼馴染で仲が良かったはずなのに。
全て自分が悪いんだ。
あやふやな気持ちで二人を弄んだから。
跡部に受け入れてもらえなかったから、慈郎の優しさに縋ってしまった。
全て、自分の弱さが招いた結果だ。
どうしたらいい?
愛していると言ってくれた跡部を裏切ったのも自分で。
慈郎の気持ちに縋ってしまったのも自分だ。
二人を傷つけたのは自分の弱い気持ち。
そんな自分がめちゃくちゃ嫌になった。
女々しく悩むことなんて好きじゃない。そんな自分は好きじゃない。
「俺なんか、この世界のどこからもいなくなればいいんや!」
跡部に拒絶された日と同じ。
空からは冷たい雨が降り始めた。
「侑士、どうしたんだよ!待てよ侑士!!」
追ってくる岳人の声を振り切って、走った。心臓が止まりそうなくらい走った。
間の悪いというか、隣のクラスから出てくる跡部とちょうど一緒になった。
目があった。今までは仲のいい幼馴染。
でも。
今は少しだけ訳が違う。跡部も自分も忍足侑士という一人の人間が好きだということだ。
それも単なる好きじゃない。
異性に対する気持ちと同じ好きなのだ。
違うのはただ、身体の繋がりを求めたか、求めないか、それだけだ。
「跡部、ジロー大変だ!」
「なんだ、向日。落ち着けよ」
「なんだよ、向日はいつも大袈裟だからな。何があったんだよ?」
「侑士が」
「忍足がどうしたんだよ」
「急にすげぇ顔して外へ飛び出して行った」
「何かあったのか?」
「俺が最近お前ら二人の様子がおかしいって言ったら」
「はっ!」
「俺なんか、この世界のどこからもいなくなればいいんだって叫んで・・・」
「なんだと」
「なんてこと言ったんだよ」
忍足の精神状態が普通でない事にも、もちろん二人とも気付いていた。
でもそれは忍足自身が答えを出さない限り、どうしようも無いことだったのだ。
作品名:プラトン的愛の構造 前編 作家名:月下部レイ