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月下部レイ
月下部レイ
novelistID. 19550
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プラトン的愛の構造 後編

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『跡部があんなふうにうろたえることもあるんだ。それって、忍足のことだからだろ。
跡部の理性も自尊心も奪い取れるは忍足だけやと思うよ。なんかの漫画で読んだな。
自分の半身がこの世いるって。跡部の半身は、忍足なんだろ。その答えは、心だけじゃなくて
身体も一つになった時に、わかるんじゃねえのか?』








「忍足の全てが欲しい」

「・・・・・跡部」








「お前の身体は綺麗なままだ。恋人と言っても俺達に身体の関係は無かった」

「でも、俺はお前の全てが欲しい」

「心も、身体も。忍足の全てが欲しい」

忍足の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめながら、今、初めて跡部ははっきりと忍足が欲しいと口にした。











「・・・跡部。頭が、頭が・・・いた・・・い・・」

 



「お・忍足!」










「退院が延びたって。どうして!?」
「昨日、酷い頭痛を起こして、暫く様子を見ることになった」
「原因はわかんねえの?」

お互いに目を合わせることも無く、跡部と慈郎は言葉を繋いでいた。
部活を終えた後。二人以外誰もいないコート脇のベンチに並んで。
二人の間を生温い風が通り過ぎる。
本当なら忍足の退院祝いをレギュラーのみんなですることになっていた。

「失った記憶の中に、頭痛の原因があるかも知れないと言われた」
いつもは人を寄せ付けないほどの跡部の眼光に精気が無い。跡部のつらそうな顔を見たのは何度目だろう。
自分も忍足が好きだ。でも今の跡部のような顔ができるかどうかはわからない。

「跡部、お前心当たりあるんじゃねえのか?」
「・・・ジロー」
「悪いけど、俺。昨日、病院の屋上で忍足とお前を見たんだ」
「・・・・・・・・・」
鉛のように輝きを失った跡部の瞳が、もっと暗くなった。誰も知らない跡部のもう一つの顔が目の前で
泣いているように見えた。

「跡部に触れられたから、あの事を思い出しそうになったんじゃねえのか?たとえ一瞬だけだとしても
死にたいと思うほど、悩んでいたんだ。そのことで頭が痛たくなったって不思議はないだろ?」

たぶん、跡部も自分と同じ事を考えていたと思う。

「なあ、跡部。俺も忍足が好きだよ。でも、今忍足のことを救えるのは、残念やけど、お前しかいねえよ」

忍足の全てを受け止められるのは、跡部だけだと思う。
忍足が本当に好きなのは跡部なんだから。
冷たい風が一瞬、慈郎の心の中を撫ぜて通り過ぎていった。
でも。
忍足を自分の腕の中に抱いていた瞬間だけは、忍足の心も自分に向いていたと信じていたい。
心の繋がりと同様に身体の繋がりも確かに愛なのだ。
そう慈郎は思っていた。
今は偽り無く、忍足が幸せになって欲しいと願っている。
忍足が選んだのが跡部なのだから。好きな人の幸せを願う。お人よし言われても忍足のためならそれでいい。

「もしお前に忍足を幸せにする勇気がねえんだったら、いつでも俺が忍足を貰ったげるから覚えててね、跡部」
少しキツイ言葉だったかもしれないけど、それが跡部に対する精一杯のはなむけだった。

跡部はわかったと言うように一度だけ、でもしっかりと頷いた。




□■□
はっきりとした原因がわからないまま慈郎の頭痛は続いていたが、特別悪化する事も無いようなので
一週間ほど遅れて忍足の退院が決まった。



「忍足、明日退院したら、俺のところへ来い」
「あ、あぁ。わかった」
忍足は少しだけ不安そうな顔をして跡部を見た。
自分の中へ眠っている記憶の一翼に怯える。
もしかすると、もう一度忍足を地獄の炎の中に突き落とすことになるかも知れないと思った。
しかし、その時は自分も一緒だと跡部は覚悟していた。
自分が全ての種を蒔いたのだから。





「退院おめでとう!」
病室の後片付けは家族に任せ、忍足は病院から直接学校に登校した。
あちこちから忍足に退院祝いの言葉が掛かる。
忍足はそれに向かってにこやかに笑みを持って返す。
でも、忍足にとって見知った顔は跡部と慈郎。見舞いに顔を見せてくれた部活仲間のみだった。
忍足にとっては、何もかもが初めてなのだ。先生の顔も、友達だった顔も。
一生懸命、不安そうな顔を隠している忍足を抱きしめてやりたい。
それが今の跡部の正直な気持ちだ。
忍足を傷つけてまで、守らなければいけないものなど、この世の何処にも無い筈だ。
忍足にこの学園の全てを取り戻してやらなければならないのは他でもない自分なのだ。
忍足に寄り添って歩きながら、跡部はその腕に手を伸ばす。






授業が終わると、部活には出ずに忍足を自分の家に連れて帰った。



「飲み物は何がいいか?」
「コーヒーかな」
「あぁ」
「俺跡部と一緒に何飲んどった?」
「コーヒーが多かったな」
「やっぱりな」
そう言って笑顔を作る。
その笑顔が逆に跡部の心を抉っていく。

忍足の記憶に残っていない跡部の部屋。
その所々に忍足は視線を落とす。
おそらく一生懸命、記憶の糸を手繰ろうとしているのだろう。


運ばれて来た、2杯のコーヒー。
そのコーヒーの芳醇な香りが部屋の中に広がっていく。

「忍足様、お久しぶりでございます。退院おめでとうございます」
白髪交じりの人の良さそうな執事さんが忍足に向かって挨拶をする。
「ありがとうございます。跡部君にはいつもお世話になっています」
「いいえ、坊ちゃまこそ忍足様にはいつも仲良くして頂いて・・」
にっこりと忍足に微笑んで一礼すると部屋から出て行った。




忍足はコーヒーを一口、口に含むとゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺、この部屋に来て何をしてた?」
「ベッドで横になって好きな本を読んだり、好みのDVDを見てたな」
「そうなんや」
「あぁ、その棚の前に座り込んで一生懸命好きなのを選んでた」
そんな時の穏やかな忍足の笑顔を。
もう一度、取り戻したい。そう思う。

「いつものようにしてみろよ」
「あ、うん」
跡部に促され忍足は座っていた椅子から立ち上がり、DVDを選んでセットするとベッドの端に腰掛けた。
「跡部のベッドを占領してたちゅうことか」
「そうだな」

跡部もベッドの忍足のところまでやって来ると隣へ腰を下ろした。

「跡部と俺って・・・恋人同士だったんやね?」

「・・・・・だったじゃねえ」
「えっ?」
「今も恋人同士じゃねえのか?お前、嫌なのか?」
「嫌?嫌なわけあるかいな。跡部のこと忘れてしもうたけど・・・・・
俺、跡部のことが好きや。きっと、何度跡部のことを忘れてしもうても・・・
何度でも跡部のことを好きになるわ。そんな気がすんねん」
俯いて言う忍足の肩が小刻みに震えていた。

「忍足」

その肩に手をやり、腕の中に忍足を引き寄せた。

「忍足が好きだ」
顔を覗きこむようにして跡部が忍足の耳元で囁くと、忍足の涼やかな綺麗な瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

「この前、俺がお前の全てを欲しいと言ったよな」
忍足はただこくりと一度だけ頷いた。

「今もその気持ちは変わっちゃいねぇ。忍足を俺のものだけにしてぇ。でも・・・・・
その前に、どうしてもお前に言わなきゃならねぇことがある。それを言わねえ限り、俺はお前を抱けねぇ」

「・・・跡部」