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終壊

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「どうしてあの人が良いの? あの人は普通じゃない。ちょっと話しただけだけど、なんか、理屈じゃなくて、言葉でも言い表しにくいけどあの人は危険なんだ」
「……」

普段なら、例えば紀田がこんな事を言い出していたらすぐさま殴り飛ばしていた。だけど、実弟という立場か、幽の言葉は凄くすんなり入ってくる。元々、臨也の目論見をほんの欠片でも知ってしまった俺は、何時もみたいに臨也を盲信していながら、言葉も出てこなかった。

「あの人に恩でもあるの? 今まであの人に育てて貰ったから? 兄貴はあの人の何処が好きなの? 何を信じられるの?」
「っ、いざや、は」

感覚が麻痺していた俺でも、ぎゅっと拳を握った。臨也の真意がなんだっていうんだ。俺は臨也が好きだし、臨也も俺を愛してくれる。それ以外に何も要らない。必要ない。それを弟だからって、幽だからって、臨也を否定するなら。

「俺を愛してくれる」
「……え……?」

何故か幽がぽかんと口を開いたのを見て、心に醜い感情が芽生える。してやったり、とでも言うのか。

「臨也はこんな俺でも愛してくれる。守ってくれるし傍に居てくれる。お前が、お前が一人だけ引き取られて俺が孤独になって、死にたいとすら思った俺を拾ってくれた。俺が怖くて寝れない時は一晩中起きてて手を握ってくれた。それを、それを、お前はなんだよ。お前は俺を怖がって、一人で俺から離れた癖に。臨也を悪く言うな」
「っ!」

こんな事、心にも思っていなかったはず。いや、思っていたのかもしれないが、もう忘れてしまっていた感情だった。そんな辛く悲しく、押し潰されそうな悲劇は臨也が癒してくれたし忘れさせてくれた。今になっては臨也に会えたんだからどうでも良い事だった。俺を捨てて一人で裕福な家庭に引き取られた弟なんて忘れていた。それを今更になって思い出させるなんて。
俺の中にもたげた臨也への深い愛情と感謝。だけど、俺が幽に思っているのはなんだろう。小さい頃の、郷愁。そう、そうだ。

「臨也は昔の俺も今の俺も大切にしてくれて、何時も一緒に居てくれる……。だけど、お前はもう、俺にとっての過去だ」

不貞腐れたようにぎろりと睨むと、幽は震える手で俺への拘束を解いた。それから役者とは思えないくらい、情けなくてよろけた声を発す。

「それ……本心?」
「……」

打ちのめされたような顔をした弟を見て、少しだけ罪悪感が沸いてきた俺はふいと視線を外した。このまま帰りたい。そう思った所で、俺は此処に来た理由はそんな事じゃないとふと思い出した。

「ごめん。……言い過ぎた」
「……俺もごめん。兄さんを育ててくれた人を悪く言った」

今の台詞はとても人形っぽかった。元から無口だったけど、こんなになってしまうなんて、幽は引き取られてからどうやって過ごしたんだろう。ひょっとしたら、俺以上に孤独な環境、だったのだろうか。思わず口を噤んで、閉ざしてしまうくらいに。俺は握っていた拳の合わせを緩めてけら、真っ直ぐに弟を見た。

「幽」
「……?」
「一緒に、住む事は、出来ねえけど……。もし、……お前がこれから、今までの分も俺と、兄としての俺と会いたいって言うなら、拒否しない。お前は臨也以外じゃ、俺の残った、家族だから。それは間違いない。から」
「俺と臨也さん、どっちが好き? 判ってるけど聞かせて欲しい」
「……。ごめん」
「良いから」
「……臨也」

これだけは、どれだけ詰まれても譲れない事だった。恐らく一生変わらない事なのだろう。俺にとって、臨也以上の人が現れる事なんて絶対に無い。俺はそれだけ、俺という存在が持てる愛情の全部を臨也に向けていた。臨也の色彩が好き。白くて綺麗でバランスの良い手足が好き。きちんと整えられた爪先が好き。温かくて優しい匂いが好き。臨也が好き。臨也が、臨也の全部が、俺は好き。臨也を嫌いになって憎むくらいなら潔く死んでやる。

「兄さんの一番は、臨也さんなんだね。……悔しいな、ずっと兄貴の一番は、俺だと思ってた。から」
「……幽」
「俺の事は好き?」
「ああ。さっきは本当にごめん。お前だって、俺と引き離されて辛かったのに。最後までお前が嫌がってたの、忘れてた……」
「うん」

幽は初めて笑みを作った。とてもぎこちなく、すぐに崩れてしまったくらいの、人が作ったものを。俺も笑いかけて昔より低い位置にある気がする頭を撫でると、自然な動作でパイプ椅子に腰掛けた。

「少し時間があるから、ちょっと話しようよ」
「ん? 何だ?」
「兄さん、三年くらい前に、喫茶店のおばさんに会わなかった?」
「そんな昔の事覚えてる訳……ん? さんねん……って、あ、ひょっとして臨也が風邪引いた日か?」
「それは判らないけど」
「俺の事、多分外人だと思ったんだあの人。だって俺が喋ったら驚いた」
「違うよ。振り向いた兄さんが俺と顔がそっくりだったのに驚いたんだよ。あのおばさん、俺がよく食べてたパンを売ってるおばさんで顔見知りだったんだ」
「……え、それ、マジ?」
「本当本当。おばさんも不思議がってさりげなく兄さんの名前と家族について聞いて俺に伝えてきたんだよ。兄さんが池袋に居るって直感で思って、それから池袋で目立つ仕事すれば見つかるかなと思ったんだ」
「あのおばさんが……やっべえ、そんな事もう忘れてた」
  「可笑しいとは思ったんだけどね。池袋の中学校を日替わりで見張ってたのに、兄さんは出てこなかった」
      「……あの時は色々あって学校行ってなかったんだ」
           「本当? ……母さんが毎日休まず学校に行きなさいって言ってたのに。まさか」
                「い、いや、今はちゃんと通ってる。頭悪いけど」
                      「嘘じゃないよね?」
                            「嘘じゃねえ」
                                 「ふうん」
                                    「信じてねえだろ」
                                       「信じてるよ」
                                          「……そう」





結局幽の所を出たのは午後も遅い時間だった。昼食も取らずにお互いの離れていた頃の情報交換が主で、喋りすぎて喉が痛い。スタジオを出ようとするとマスコミがごった返していたのでぎょっとしてから後戻りし、こっそり裏口からタクシーを拾った。本当はセルティに迎えに来て貰おうと思ったんだが、俺+首なしライダーじゃ目立ち過ぎる。
何十時間ぶりに臨也のマンションを見上げた時は、やっと帰ってきた、という心境と疲労で頭がいっぱいだった。今になって黙って出てきた事を咎められるかもしれないと恐怖が襲ってくる。その事で、捨てられたらどうしようとまで考えるが、所詮時間は戻れないので考えても無駄だ。
作品名:終壊 作家名:青永秋