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終壊

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突如姿を消した羽島幽平が一般人の近くで、顔を歪ませて兄に叫ぶ。尋常じゃない光景に気付かない周囲は携帯で写真を撮ろうと興奮しながら近づいてきたため、幽は俺を追えなかった。
振り返るのも恐ろしく、通行人を突き飛ばしながら俺はひたすら走った。頭の中で反響するのは昔の幽と今の幽の声。忘れようとしたはずの記憶。忘れたはずの記憶。すぐに浮かぶのは臨也の嘲笑。侮蔑。あの眼をまた向けられるなんて耐えられない。無我夢中で携帯を出した俺は、約束の時間から10分ほど遅れている事にも気付かず、また画面に着信とメールが入っている事にも眼をくれず、痙攣するように言う事をきかない指を動かし臨也の携帯番号を打ち込んだ。

「臨也、いざや、いざやっ」

耳に押し当て、無機質な呼び出し音に不安が煽られる。早く、早く。
2コールで音が途切れる。向こうが何か言う前に、はっと眼を開いた俺は走りながら叫んだ。

「臨也! 助けて臨也、臨也ぁ!!」
『どうしたの?』

俺がこんなに取り乱しているのに、臨也は吃驚する訳でも、息を呑む訳でもなく、少しだけ早口で聞いてきた。怯える俺は状況を説明出来ずに馬鹿みたいに繰り返した。

「助けて、助けてくれ。嫌だ臨也っ。俺、俺、壊れそう……! 臨也ぁ!」
『……落ち着いてシズちゃん。一度止まって。で、右向いて』

静かな声が鼓膜から脳に伝わり、理解した俺はよろよろと足をゆっくり止める。祈るような気持ちで首を横に向けると、携帯を耳から離している臨也が居た。待ち合わせ場所とは違う、店と店の間の狭い路地。なんでそんな所に居るんだなんて一切考えず、携帯の通話を切らないまま握り締め、臨也に歩み寄る。人の流れを寸断するような俺に不快な視線を送ってくる通行人も何人か居たが全部無視し縋るように臨也に抱きつく。
かたかたと小刻みに震えている俺に何も言わず臨也はそっと抱き締めてくれる。臨也の胸に頬を押し当て、一気に力が抜けた俺は膝を折ってしまう。怖い映画を見た小学生のようにぽろぽろと涙を零し、全力疾走の後なので激しく呼吸を繰り返し胸を上下させる。

「い、ざや……臨也。たすけて……」

憔悴しきった俺は臨也の服を鷲掴む腕以外に力を入れられず、回らない舌で告げる。臨也は何もかも知っているから、ひょっとしたら俺と幽が会った事も把握済みかもしれない。どうしようもなくそれが怖くて、恐る恐る見上げる。もしかして俺を軽蔑しているかもしれないなんて思いながら。
だが臨也はこの上なく綺麗で、優しい笑顔を浮かべていた。毒気の抜かれた俺が思わず口元を緩ませるくらいには。

「大丈夫だよ」

何の説明もしていないのに。やっぱり臨也は全部知っているんだ。
そんな確信のようなものを感じ、知っているのに俺を咎めない臨也に縋りついた。

「大丈夫。シズちゃんは俺が守ってあげるよ」
「いざやぁ……」

壊れかけた俺の心を治してくれる。そっと涙を拭うように頬を撫でる臨也の手に擦り寄る。何時の間にか俺が落とした携帯を拾い上げた臨也は俺を立たせ、大通りに出てタクシーを拾う。その間も1ミリたりとも臨也から離れなかった。俺をタクシーに押し込んだ臨也は自分は乗らず、俺が走ってきた方向を向いた。

――。

そこで臨也が何か囁いたが聞き取れない。入ってこない臨也に不安げに瞳を揺らす。そんな俺に視線を落とすとにこりと笑い、同じように乗り込む。離れるのが嫌でぎゅっと腕を掴んだ。進み出したタクシーは無情にも幽が居た方向に進む。怖いもの見たさに、公園を横切る時に顔を上げる。ロケは続行されていたが、羽島幽平の姿は見当たらない。ひょっとして俺を探しているのかと思うと恐ろしく、ぐっと顔を隠した。その所為で、臨也がどれだけ欲望に満ちた表情を俺に向けているのかを知る事が出来なかった。

作品名:終壊 作家名:青永秋