そのための場所
(2)
その日。
午前様状態で自宅に帰りついたルートは、軽い食事だけを済ませて早々に寝室に引き上げていた。
とはいえ、疲れていてもなかなか寝付けないのが常のルート。本でも読むか、音楽を聞こうかとぼんやり考えていた時に……遠慮がちなノックの音を耳にする。
「?」
ここは寝室だ。そして、叩かれたのは正しく寝室のドアだ。ノックするからには誰かが訪ねて来たのだろうが、ギルは今夜家にいないはずだ。
もう一人、頻繁に彼の寝室に侵入する奴に心当たりがあるが、そいつはノックなどせずいつも勝手に入ってくる。
しかし、どう考えてもそれ以外の心当たりが思いつかない。ルートは思いきって、そっと名を呼んでみることにした。
「フェリシアーノ?」
すると、呼ばれるのを待っていたかのように扉が開き、心当たりの人物が顔を見せた。
「遊びに来ちゃった」
へらへら~と笑ったフェリは、ルートのベッドにダイビングを敢行。すぱーんと思い切りよく飛び込んだフェリは、ベッドの上でじたばた平泳ぎしてルートの隣りに到着する。
「こら、寝具が汚れる! とりあえず靴は脱げ!」
「ふぁい」
近寄られて気付いたが、顔がほんのり赤い。普段ワインの一本や二本平気で空けるフェリが、こんな状態でドイツに来るのは珍しい。
酔いが回ると眠くなる性質のフェリは、たいてい飲んだその場でつぶれるからだ。
気になりだすと、他の部分も目に付く。たった今脱ぎ捨てた皮靴もいつもよりフォーマルだし、身に付けたジャケットも、仕立ての良い本麻だ。ということは……。
「誰かと、会ってきたのか?」
そう問うと、フェリは目を大きく見開いてルートを見た。
「そうなんだけど、どうしてわかるのさ」
言いながらジャケットを投げ、ズボンも脱ぎすててどんどん身軽になるフェリ。
上等のジャケットがしわになるのが耐えられず、ルートはやむなく起き上がってフェリの服を拾い集めた。
「今日はね、エリザ姉さんとデートだったんだよ。ローデさんが戻るまでの代役だけど。
久しぶりだったからさ、色々懐かしい話をしてきたんだ。楽しかった~」
いつもの睡眠態勢(つまり全裸)になったフェリは、ベッド中央を占領。寝具に潜り込んで機嫌よく笑っている。
「あ、エリザ姉さんたちがミラノに来たんだよ。それでね……」
やはり酒が回っているのか、やや呂律の怪しい口調で「今日の出来事」を語るフェリ。
「ゆっくり話ができて、嬉しかったよ。エリザ姉さん、幸せそうでよかった」
そうか。と呟いたルートは、集めたフェリの服をコートかけにまとめて吊るした。
「判らんな」
「え? なんのこと?」
隣に座ったルートに正面から覗きこまれ、フェリは悪戯を見つかった子供のように寝具で顔を隠そうとする。
「今の話だと、今日は楽しかったんだろう?」
「……うん」
フェリの応えに、首を縦に振るルート。顔の赤さでごまかされていたが、よく見るとフェリの目までが赤い。
「泣きながら呑んで、その上に俺のところに来る。普通にお幸せ状態のお前なら、そんなことはしない。矛盾しすぎだ」
なにがあった。と、無言で問う。するとそれだけでフェリの涙腺がじわじわ緩んできた。
「上手く……言えないんだけど……」
「いつものことだ」
そっけなく切り返され、フェリは寝具に潜ったまま小さく笑った。
「姉さんもローデさんも幸せそうでさ。『フェリのおかげ』って、すごくいい笑顔で笑ってくれたんだ」
見えなくても、ルートが笑う気配を感じる。
それを感じるだけで気持ちが落ち着いたフェリは、じんわりとした安心感に身をゆだねた。