揺り篭 第一部
フェリシアーノの家の領区内にあるこの街がカルナバルの時期、盛大なパレードを行う観光行事で有名な街だと指摘されるまですっかり失念していた。
飛び込みで宿なんて取れないよという言葉で全ての歯車が噛み合った。
まだ状況が把握できずぼんやりしてるアーサーの腕を引っ張り軽い体を手中に収める。きちんと喉元までボタンの留められたパジャマにほんの少しだけ安心する。
「アル? なんだよお前予定では明日…うわっヴァルガス!?」
たいして飛距離の出ない空間転移魔法を一晩中唱え続けてぼろ雑巾のようになったフェリシアーノを代わりにベッドへ打ち捨てた。
ドサクサ紛れに抱き締めた体からあいつのコロンの移り香が薫るのが頭の芯を言い知れない熱で冷やした。素数を数えてでも居ないと気が狂いそうだ。
君は馬鹿かい。どうせこんな簡単な嘘に騙されて最初から仕組まれて用意された部屋に『取れなかったから』『仕方なく』あんな変態髭色魔と同衾を許したつもりなんだろう。どうして自分に何も害が及ばないと高を括っていられるんだい。自分の魅力について過小評価しすぎだろ。
言ってやりたい言葉が次から次へ頭の中を洪水のように溢れて出口を見つけ出せずに硬い髪に唇を埋めてぐうと呻くばかり俺の頭をアーサーは宥める様に軽く撫でた。
「アル、ミルクティ淹れてやるからとりあえずキッチンに行こう?」
「…コーヒーの方がいいんだぞ」
ギッと薄ら笑いを浮かべながらサイドテーブルの煙草を一本銜えたフランシス−−何処までが彼の計算だったのだろう−−を睨みつけて俺達は部屋を後にした。
立ち昇る紫煙。
「お疲れ、フェリシアーノ」
「ヴェー、兄ちゃん酷いよ…あ、菊からコールだよ。俺取れないから兄ちゃん取って」
煙草を持ち替えて左手の指先で軽く幼馴染みの額に触れる。
「はーい、菊ちゃん。今何処に居るのー?」
『…あー、フランシスか…フェリシアーノの分のお礼はしっかりしてやるから後半日、覚悟を決めて待っていろ』
…。
「ルートだったね…」
「…うん、お兄さん殺されちゃうかも」