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雨 The rain and my foolish pain

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 今は本当に、危ない状態にある。
 目の前の花たちが連日の雨に曝され、息も絶え絶え、といった状態だ。木々はじっとりと濡れ、花壇の地面では各自茎を複雑に絡み合わせ、見るも悲惨に伏している。どうすればいいものか、と私は両手を腰に当て逡巡した。

「……まず解いてあげなきゃいけませんね」
 ここ三日ずっとこんな調子だ。昨晩にかけてまで振り続けた雨は朝方には少し晴れますが、夕方頃に再び夕立となって降り出すでしょう、と繰り返すアナウンサー。ニュースタイムの度襲来する悲しみ。花壇の彼女たちはじっと耐えるしかない。雨に、風に、体の千切れる痛みに。誰にも気づかれないままそっと、他のものと絡み合ったまま息絶える運命に。そんなことさせない。決意を胸に、両手で一つ一つ、手術を行うように私は緑の回路に着手し始めた。彼女たちが痛がらないよう、なるべく茎を曲げないよう気を付けて解いていく。アネモネと白木蓮、サルスベリの辺りは、元々水はけに気を付けていたからいいだろう。雨を吸って、ぐにゃりとうなだれていたマリーゴールドたちは切り花にすることにした。
 それが終わると今度は雨でよく育った雑草を抜いていく。柔らかくなった土では、雑草もぶちぶちと小気味よく抜けていった。手袋越しに伝わる感触。途端に土の匂いが立ちこめる。マスターのお母さんから貰ったエプロンに次々と土が跳ぶが、知るものか。全て抜けてしまえ。彼女たちの邪魔はさせない。
 そうやってしばらく雑草を抜くのに熱中していた時、自分の名前を呼ぶ声が耳元をふうわりと通った。

「おはよう、ルカ」

 振り返ればマスターが、少し悲しげな顔でこちらを見下ろしている。どんよりとした雲から覗くわずかな光が、マスターの輪郭をぼんやりと明るくさせていた。重く厚い風がその黒髪をさらう。

「おはようございます、マスター」
「そんなに、草は抜いちゃダメだ」
「でもマスター、これは雑草です」
「雑草なんて名前の草はないよ」

 その言葉に、ぴたりと手が止まった。それを見てマスターは顔をきゅっとさせる。

「皆、大事にしてあげて」
「はい」
「いつも御苦労さま」
「……ところでマスター、今日は学校どうしたんです?」
「僕のクラスは今日は早い日なんだ。雨でグラウンドべちょべちょで遊べないし、帰って来た」

 雨ってつまんないよね! と頬っぺたを膨らませ、わざとらしく明後日の方を見る。手袋を脱ぎながら私がくすりと笑うと、マスターは照れてしまったのか顔は戻さないで遠くを見たまま、笑わないでよ、とぼそりと呟いた。

「ルカに笑われるの、恥ずかしいんだよ」
「ごめんなさい。悪気はないんです」
「いいよ。わかってる」
「……」
「……それにしてもここ、電線多いよね」

 マスターは鈍色の空を見上げたままそう言うと、お腹の底から絞り出すような溜息を吐く。そこで私は、マスターの口が国、と言い掛けてここ、と言い直したことに気付いた。

「お時間があるのなら、お部屋のパソコンをインターネットに繋げる作業を始めた方がよろしいのでは?」
「繋げて、どうするの。どうせもう皆僕のことなんか忘れて普通に生活を始めてるよ」
「そんなことありません」

皆というのは、マスターが以前暮らしていた国でできた友達のことだ。英語圏の国らしい。帰国してから随分経つそうだが、マスターのパソコンはずっと手つかずのまま部屋に放置されていた。手をつければ、皆と連絡を取らねばならぬからだ。
 私は、マスターのお母さんのパソコンで生まれた。

「言いきれないだろ? 僕のことは終わった思い出だと思うよ。今更メールして、返事が返ってきたとして、喜べない。嬉しくない」
「それ以外にも、パソコンの用途はあります」
「用途ってなに?」
「the use else」
「ない。ないんだよルカ。皆との関係が思い出になってしまったら、他には何もないんだ」

 徐々にマスターの口調が刺々しくなるのは、自分自身にも苛立っているからだろう。きっと帰国後すぐにパソコンを繋げて友達へ連絡を取れるようになっていたとしても、友達に盛大に見送られたであろうマスターは、メールを読まれることで自分を「過去のもの」と再認識されるのが嫌だと思って、送らなかったかもしれない。
 高潔な、子どもの矜持。勘繰り過ぎる思考。実に、らしいと思う。気付いたら、言葉が出ていた。

「お花みたいですね」
「………………は?」

 なにそれ僕の話聞いてた? と言わんばかりに瞳を開いたマスターに、ごめんなさい何となくそう思ったんです、と慌てて付け加えた。ただ何となく、と。

「その、本当に何となく、そう思ったんです」
「何となく、って……ルカにしては珍しいよね、」

 私の言葉を咀嚼するかのように、何度も瞬きを繰り返したマスターはそれでも理解できないと判断したらしく、しばらくしてから私の隣へ無言でかがみ込んだ。そうしたら今度は別のことを思いついたようにこちらを見て、にんまりと切れ長の瞳と薄い唇をさらに細める。その顔はすでにいつもの無邪気さを取り戻していた。しかし私が抜いて集めた草の中から一つ摘みあげて発せられた、ならルカはこれだね、という言葉には、今度は私が目を丸くさせる番だった。

「これですか?」
「だって僕は花なんだろ? あんまり嬉しくないけど、僕の傍にいつもいて、僕と同じ栄養を取ってるんだもの、じゃあこれじゃないか」

 ああでもそれは、少しだけ、いいかもしれない。

「そしたらマスターは抜き取りませんか」
「当たり前じゃないか」
「じゃあ、私その子になりたいです。マスターの栄養が欲しいです」

 からかうつもりだったマスターの言葉は私の言葉によってするすると縮んでいき、合わせてマスターのいじわるそうな顔もどんどん真剣な顔つきへ変わった。百面相とはこのことか。だがそう言っている暇などなかった。マスターは両手を私の方へ伸ばし、ゆっくりと、昨日のように抱きしめた。
 地面に座りこまず、屈んだだけの私はマスターの身体が当たることでバランスを崩し、咄嗟に右手を泥だらけの地面につけた。同時に宙に浮いた左手をマスターの右手にキャッチされる。見上げれば、マスターはまだ何かを言いたそうな顔をしていた。腰にあてがわれたマスターの左手に、力がこもる。口が開く。言わないで。

「止めて、下さい」
「…………ごめん」

 押し返しもできず視線を逸らせもできず、震える声で出たのは真意なのだと、祈るような気持ちで視線を返せば、観念したかのようにマスターは両手を解いて、ゆっくりと体を離し立ち上がった。
だってボーカロイドなのだ。私は半永久的に生きるアプリケーションだ。私は一人じゃない。無数の私がいる事実を貴方は理解できない。貴方とは次元が違う、文法が違う、境界線が、果てしない境界線がくっきりとあるのだ。

「わかってるよ」

 マスターはすでに背中を向けていて、どんな表情なのかわからなかった。

「わかってる。ごめん」
「いえ………」
作品名:雨 The rain and my foolish pain 作家名:つえり