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雨 The rain and my foolish pain

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その夜、また夢を見た。先ほど見た夢と同じ場所で、一人で名も知らぬ植物に水を遣っていた。
芽はすぐに出た。綺麗な新緑色をちょこんと覗かせ、この世のありとあらゆる祝福を浴びてきたような、幸せそうな様子をしている。思わず笑みが零れた。

 夢はそこで終わった。目を開ければ、カーテンの隙間から漏れる陽光が次々と飛び込んできた。予報通り今日は久しぶりの晴れである。カーテンを開けると窓ガラスに映った桃髪の白い顔が目を細め、大きな伸びをした。
んん、と伸びが最大限になった時、ふと、例えば夢の中のあの植物が、私の気持ちを表しているのはどうだろう、と思ってみた。私のどんな気持ちを表しているかはわからないが、ともかく植物の形をなして、すくすくと育っているのだ。
 だがそこまで考えて、伸びをする手が止まる。だっておかしい。今まで私は根拠もなく何かを考えたり、夢を見たことなど一度もなかったはずだ。一体どうしてこんなことを考えているのだろう。窓ガラスの顔が顰められる。
 そうしたら今度は体の奥底で、ちりり、とまたあの黒い感情が音を鳴らした。獲物を見つけ舌舐めずりをする蛇のようなその気配に、思わず身体が強張る。この感情も今までなかったはずだ。私は、どうなってしまったのだろう。窓ガラスの顔は恐怖で少し歪む。
 しかしあらゆる疑問も感情も、階下から聞えるマスターのお母さんの呼び声で全て遮断された。


 その日からは昨日と同じように一日が続いた。マスターのお母さんが、お仕事に行くのを見送ったなら留守番。お手伝いなら部屋の掃除やジャム作り。庭いじりは一日二回。ニュースキャスターが晴れの日が続くでしょう、と初夏の日和を宣言してからずっと晴れの日だから、水遣りは欠かせなかった。
 マスターのお母さんとは、いつも以上に沢山会話をした。

「あの子は貴女のこと人間のように語るのね。病院だと毎日お友達のことと、貴女のことばかりだわ」
「あまり、よくないことだとは思っているのですが、当分無理でしょうね」
「面白いわねえ。ルカちゃんはよくあの子のことお花って言うし」
「例え話ですよ」
「それくらいあの子が気まぐれって意味でしょ? わかってるわ。それが面白いのよ」
「と、言いますと」
「あの子は人間じゃない貴女のことを人間って言うけど、貴女は人間のあの子のこと、人間以外と言ってる」
「なんだか、哲学的ですね」
「そうね」

そして夜も更けた頃、マスターから電話がかかり、1時間程他愛もない話をして一日が終わる。
 内容は専ら見舞いに来てくれたクラスメイトについて。インディペンデンスデイには友達と腕にペイントを入れるとか、クラスであれそれを企画するとか、そういう話だ。

「マスター、要件がなければ電話しなくていいのですよ?」

 電話機のコードをくるくると指で絡めるのも日課になってしまった。黒いコードが自分の白い指に器用にこんもりと巻きついたのを一度解いて、また巻き付けていく。会話が終わる頃にはコードはもうふにゃふにゃである。
 それにしても夏の気配を帯びた空気が、じめじめと身体に纏わりついて鬱陶しい。たまにしか降らなくなった雨も、最近は湿気が酷かった。今日久しぶりに着た内蔵の服もスリットが入っているとはいえ、中で湿気がすぐ籠る。失敗だったな、と心の中で舌打ちをしながら、何度も足を組みかえた。

「いいじゃないか。暇だもの」
「お友達とお話をされるのでしょう」
「いいんだ、僕にはルカがいるから」

 マスターは何かとこう言うようになっていた。電話する度、つまり毎日言うので、一週間を過ぎた頃になると最早マスター自身に言い聞かせている言葉にしか聞こえない。だから今日もはあ、と適当な返事をして流した。
それと、マスターとの会話の途中で前触れもなく、あの黒い感情がちりり、と音を立てることもある。その時はマスターに悟られないよう、強張った身体を必死で掻き抱く。黒い感情は牙を研ぎながら、気を抜くと襲いかかるぞ、と言っているようで、おちおちのんびりしていられない。

「それじゃあもう寝るね」
「はい、おやすみなさい」

そして部屋へ戻り電源を落とせば、植物を育てるあの夢を見た。青々とした芝生と、七色に煌めく空気。植物は夢の中で驚異的な早さで成長を続けていて、今では私の背の高さくらいになっている。どこまで育つのか、花が咲くのかはまだ全くわからない。ただ水を遣った分だけ育つようだから、夢の中ではとにかく水を遣り続けている。ジョウロから際限なく零れる水が、いつも気付けば虹を作り上げていた。
お陰で8日目にはつぼみになった。先が膨らんでくると重いのか、ゆらりゆらりと揺れている。
翌日。つぼみの隙間から桃色の花弁がうっすらと見えてきた。私と同じ色だ。嬉しい。待ち焦がれたものを慈しむ気持ちで、つぼみを撫でればまたゆらりゆらり。この上ない幸せな気持ち。
10日目。つぼみを撫でながら水を遣る。つぼみも満足そうにそれに応え、数度ゆらりゆらり。しかし今日は違った。
あ、と思った瞬間につぼみはもうふるふると扇動しながら、ゆっくりと膨らみ出していた。驚き目を見張る中、つぼみがその内奥を見せ始める。すぐさま私は期待と、未知のものに対する若干の恐怖の二つで胸がいっぱいになった。
線対称につぼみが開いていくにつれ、扇動していたのも徐々に安定していく。つぼみに合わせて、私の若干の恐怖が膨らんだ。
植物はその姿を見せていく。花弁が。めしべが。おしべが見えていく。
花が何を意味するかなんて知らなかったのだ。
作品名:雨 The rain and my foolish pain 作家名:つえり