言葉で魅せてよベイビー
「夏希先輩が俺のこと好きって、何かの間違いじゃないかって思うんだ……」
「健二くん、それは世間一般では惚気と言うんだ知ってたかい?」
沈鬱な健二の口調に対して、佐久間はといえば棒読みである。しかし健二は気にした様子もなくぶつぶつと話を続ける。
「でも間違いでも嬉しいっていうか自分からは正せない……もったいないし。そうだよもったいない!だって俺はずっとさぁ!」
エキサイトしてきた健二に、佐久間が冷静に、というより投げやりに言葉を返す。
「じゃあいいじゃんか。青春なんて勘違いだ。踊る阿呆に見る阿呆。同じアホなら踊らにゃ損損」
そして投げた冷や水は、全く効き目がないようだった。
「でもでも間違ってんならやっぱり直した方がいいと思うんだよなぁぁぁああああ!」
「人の話聞けよぉぉおおおおお!!」
どこまでも一方通行のやり取りは、乱雑な部室に響いてそのまま消える。がっくりと落ちた頭を殴ってやろうかとも思ったのだが、それは余計に面倒くさいことになると経験則から分かっている。ため息をつくのもアホらしかったので、佐久間はうんざりとした顔で改めてパソコンへ向かった。待ってて俺のHDD。案外早くに迎えにいけるよ。夏のトラブルの後処理で、バイト代は当初の予定を遥かに超えた。これは購入機器のランクを上げるのもありだ。処理速度向上プランにうっとりと思いを馳せていると、背後から怨念のこもった声が投げつけられる。
「佐久間冷たい」
恨みげな目など、全く怖くもない。ギロリとこちらも一瞥をくれて、言い返す。
「健二しつこい」
にらみ合い、今度こそお互いにため息をついた。はぁぁああああ。
「しつこいよなぁ……俺」
分かっているならやめろ、とは言わないでおいてやる。しかしこのやり取りが今後何回続くかによっては分からない。正直夏から、繰り返しすぎだろう。深い声にうな垂れた首を、佐久間は頬杖をついて見つめる。「自信がないんです」とそれは見事に書かれた姿に、今度は少し同情をこめたため息をつく。しかし口にしたのは厳しい言葉だった。
「大体さぁ、その言い草、誰よりも夏希先輩に失礼だぜ?」
分かってんの?と問えば、うめき声が返ってきたので、まぁ分かってはいるのだろう。それでも難しい、ことも残念ながら分かるのだ。自信を持つ、なんて難しい。自信がもしも売っていたら、結構な勢いで人気商品のランキングに躍り出るのではなかろうか。少なくとも健二は箱買いだろうし、自分もちょっと欲しい。そんなことを考えながら、佐久間はなるべく気楽な声を出す。
「ほら、健二。悩み事には単純作業が一番だ。叩け叩け、キーボードを」
こいこい、と隣の空いた席を指差すと、健二はまた深いため息をついて立ち上がる。
「ますます考えちゃいそうなんだけど」
「無になるまで叩き続けろ」
そんな無茶な、とぼやきながらも健二は専用のマイクをつけ始める。その姿を横目でチラリと見てから肩をすくめた。やれやれ、恋人が人気者だと大変だ。でも同情はしない。恋人、いるだけで十分だろうよ。独り身の佐久間は、そんなことを思いつつ、パソコン画面に本腰を入れた。
しかし実際のところ、健二は相当に大変そうであった。「ぼーっとしている」という表現がよく似合う風貌と性格としている、小磯健二という少年は、とにかく目立たない。数学においては日本どころか世界でもトップクラスの実力の持ち主なのに、学校全体、まるで気づいていないのだから佐久間などは呆れてしまう。いくらなんでも控えめすぎだろうと。しかし、近づいてみれば目立たないなんて評価は変わる。少なくとも佐久間は夏希が健二を選んだのだと知ったとき、初めに「はぁ」と嘆息し、続いて「へぇ」とニヤニヤ笑い、最終的には「なるほどねぇ」と納得した。夏希先輩、趣味はよくないけど見る目あるな、と。しかしながら、評価と言うのは相対的であり、個人的でもある。華やかな存在の隣には、やはり華のある人間をと、望むのは全体か、それとも。廊下を通るたびに、嘲る笑う声が降るようになったのは、夏休みが明けてしばらくしてからだ。
「あれのどこがいいんだろうな」
こんな言葉を投げつけられたら怒ってもよさそうなものだが。小磯健二はそれをしない。微かに頬を固めて通り過ぎるだけだ。立派な態度だとは思うけれど。
(馬鹿には通じねーぞー)
ため息交じりの佐久間の懸念は、残念ながら当たってしまった。
作品名:言葉で魅せてよベイビー 作家名:フミ