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言葉で魅せてよベイビー

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 選択授業は他クラス合同なので、同じ書道を取っている佐久間と健二はこのときばかりは同じ教室を移動することとなる。そしてこの和室への移動が、三年生の授業棟を突っ切らなくてはならないのだ。教室から出たときには、すでに健二は肩を落としている。
「言い返せばいいのに」
 歩きながら言うと、健二は力なく笑った。
「外れじゃないし」
 そうでもないだろ、と言い損ねて佐久間は黙り込む。見透かしたように健二がさっきよりは軽くなった笑い声を上げた。ほら、そうでもないだろうに。だから佐久間は余計にいらいらと、もやもやとしてしまうのだ。こそこそ陰口叩いてるから振られんだろうよ、はっきり言えよ、とは思っていた、思っていたが。
(ここまでがっつりぶつけてくれなくてもよかったんじゃないかな……!)
 首元をつかまれている健二は相当に苦しそうだ。助けに行きたい、が佐久間は佐久間で腕を後ろでねじり上げられていた。「俺、関係ないんですけど!?」といったが聞く耳持たれなかった。貧乏くじだ。うんざりする状況で耳に入ってきた言葉がまたうんざりさせた。最悪だ。
「お前の態度がむかつくんだよ!」
 馬鹿にしてんだろ!って、それ世間一般では被害妄想って言うんですよ先輩……。言う気力すらなくて佐久間はがっくりとうな垂れる。しかし殴られるのは回避しないとと顔を上げた瞬間、その場の空気を支配する声が響いた。
「何してんのよ!」
 睨みつける目も、もはや勝負師のものだ。勝つと決めて勝ってきた、心を折らせなかった人の目。この目を真正面から受け止められなかった時点で、相手の負けは決まっていた。名残惜しげに手を離し、しかし捨て台詞は忘れない。
「よかったな、彼女が助けてくれて」
 気まずく黙り込むかと思われた健二だったが、一度咳き込んだあと、ひどくあっさり口を開いた。
「えぇ、本当に」
 勝ち誇った笑みを浮かべていた男子生徒は、健二の言葉を聞くと悔しげに顔を歪めた。再び殴りかかろうとしていたが、夏希の表情とすれ違い、止まってしまう。夏希は、心底傷ついた顔をしていた。大切に抱いていた宝物を、心無く踏みつけられてしまったように。無防備な表情は一瞬で、また睨みつけられた男子は舌打ちして去っていく。やれやれ、と夏以降何回思ったのだろうか、と佐久間が遠い目になりながら健二の落とした教科書を拾う。急がなくてはチャイムが鳴るな、と思っていると、夏希の低い声が廊下に響いた。
「ごめん、健二くん」
 先輩のせいじゃないですよ、と言う健二の声にも顔を上げない。うつむいた頭と、並ぶ背はそれほど変わらない。ひそひそと騒がしい周囲に、やはりこの組み合わせは相当注目されていたんだな、と今更のように思う。違和感とか、そういうことか?健二は多分知っていた。しかし佐久間にとっては、たぶん夏希にとっても、
 相手が健二で、おかしいことなどどこにある?
 知っているのに。もどかしさに思わず手を握り締めた佐久間の耳に、また、夏希の声が入る。少し低い、凛とした声。
「嫌な思い、させてごめん」
 よく響く聞きなれた声が、変わったのは次だった。
「でも、わたし」
 言葉が熱を帯びた。夏希は確かにトラブルメイカーであるが、起こす騒ぎの大きさとは異なり、いつもどこか手触りの低い、さらりとした温度の声をしていたはずだ。あれ、と首を傾げて見れば、夏希は意を決したように健二と真正面から向かい合うところだった。その揺らぎも、佐久間は初めて見る。不安な、不安定な、ただの女の子みたいな。
「でも、それでも」
 夏希は再びうつむいてしまう。隠れた目から、落ちるんじゃないかと思った。涙が。
「……嫌いにならないで」
 小さな寄る辺ない迷子のような夏希の姿を周囲が受け止めかねる中、健二だけがいつもと同じ態度を崩していなかった。
「そんなこと、起こるはずないですよ」
 どこまでも穏やかなその断言は、西から上る太陽はないでしょう、とでも言いたげな響きを持っていて、佐久間はどっとやってきた疲れにしゃがみこみたくなる。当たり前か。当たり前なのか。くらむ頭を抱えていると、観客がポカンとしている空気を染める勢いで、夏希の耳が赤くなった。つややかな髪に隠れて見えないけれど、多分顔中真っ赤なのだろう。隠すように頬に手を当てた夏希は、ギクシャクと後ずさったかと思えば、くるりと背を向けた。
「っ、ちょっと、頭冷やしてくる!」
 あっという間に小さくなっていく軽やかな背中に、伸ばしかけて間に合わなかった健二の手が残る。その間抜けな手の持ち主の尻を、佐久間は遠慮の欠片もなしに蹴り上げた。
「いって!なっ」
 にすんだ、と続きかけた言葉なんて、知るか。
「追いかけろ、阿呆」
 せいぜいドスを効かせた声で言ってやると、「その提案には初めて気がつきました」と素直に書かれた顔に、灯りがともるように笑みが浮かぶ。
「ありがと、佐久間!」
 それとも、この場合は正解ランプかな、と思いつつ、それなりに勢いよく小さくなる背中に手を振った。さて、サボりの言い訳をなんとしてやろうかね、と丸めた教科書で肩を叩く。いまだに展開について行けていない周囲の空気にざまあみろ、と思う。小磯健二は、あの恥ずかしい天然男は、大事なものを見失わないのだ。例えば、溌剌とした彼女が隠し持っていた、小さな弱い部分とか。やれやれ、と何度目か分からない感慨にふけりながら、ようやく教室へ向かおうとした佐久間だが、聞こえてきた笑い声に、つい足を止めてしまった。振り返り、見つけた声の持ち主は、夏希の友人だ。不思議そうに自分を見る佐久間を見つけ、彼女は楽しくて仕方がない、と言うように笑みを深めた。
「あんなかわいい夏希見るの、初めて」
 それはそれは。素晴らしいことだと佐久間もつられて笑ってしまう。けれどまぁお互い友人には苦労しますよね、と肩をすくめるのも忘れなかった。
作品名:言葉で魅せてよベイビー 作家名:フミ