またたびと侍
予想に違わず俺の部屋の前で止まったそれは、次にすっと襖が開かれぽかぽかと音がしそうなほど温まった長身がのっそりと入ってきた。
「いやー久しぶりに入ると気持ちよかねぇ」
勝手に人の部屋に踏み込んだ挙句呑気にそんなことを口走る千歳に、とうとう俺の堪忍袋が切れた。
だん、と立ち上がり目の前の肌蹴きった襟ぐりを摘んだ。
「ど阿呆!なんやねんこの格好!だらだらしおって、帯くらいちゃんと締め!」
「ちょ、白石…きつか…」
ぎりぎり帯で締め付けられ、息も絶え絶えな訴えを無視して俺はふんと鼻を鳴らす。洗ってさっぱりした顔つきは精悍さを取り戻しておりましになったのだが、それでもこのゆったりとした雰囲気は頂けない。何事も完璧にこなす白石蔵ノ介として、そこは譲れなかった。
「俺の下で働くんやったら、ちゃんとせぇ」
涙目で頷く千歳に、突き放すように手を離す。自由になった帯を彼はそろりと緩めたが、睨みつけるとそこそこの緩さで手を止めた。
だいたい着る物がないから俺の着物を貸してやってるのだって嫌なのに、何だって同じ部屋で寝なければならないのか。いやまぁ召抱えたのは俺で、今この屋敷に余りの部屋なんてないから当然そうなるのだが、それにしたって少しは主に遠慮するべきだろう。
背丈の所為かやたら短い裾から覗く千歳の足をぎゅうと踏みつけると、悲鳴を後にさっさと文机へと戻る。苛々した頭ではまったく筆は進まなかった。