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またたびと侍

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その2



とすとすとす、と白石蔵ノ介にしては少し荒々しい足音を響かせながら俺は縁側を踏みしめる。角を曲がれば目にも眩しい金色の髪が目に飛び込んできて、なんだか俺はほっと息をついた。

「謙也ぁー、千歳知らん?」

そう声をかけながら近寄ると、腰掛けていた謙也が顔を上げる。見れば彼の右足の草履の鼻緒が切れてしまっていた。どうやら直している途中だったらしい。

「なん、またおらんくなったん?」

その問いかけには溜息で答える。やはり謙也も知らないか。これだけ探しても見つからないのだから、当前なのだが。

「ほんまもー、緊急の用やねんけど」

顔に手をあて、深く重い溜息を吐く。まことに不本意ながら雇うこととなった千歳千里という侍は、とんでもない癖を持っていた。
処構わずいなくなるのだ。出会って3日と経たないうちに姿を眩ませたときは、食うだけ食って出て行ったのだろうと思っていた。もちろん騙されたのだと悔しい気持ちも、一杯食わされた感もあったが、それでも俺はあの意味不明な言動に納得がいった。これで心配の種は減るだろうと暮らしていたある日、そいつはふらりと帰ってきたのだ。
面食らいながらも消えた理由を問い質せば、なんと散歩に出かけていたと言う。まったくもってあいつの神経が理解できない。それから俺はあいつを放置することに決めた。関わるだけ疲れるだけだ。
しかし、そうも言っていられないこともある。例えば、この書面を隣国へと届けて欲しいとき。そういった“おつかい”は、手の空いているあいつにうってつけなのだ。

「どないしたん?」

謙也が不思議そうに俺を見上げる。猫の手も借りたいとはこのことだろうか。

「あんなぁ、これ、早めにお隣さんとこ持ってって欲しいんやけど」
「手紙?ほんなら俺持って行こか?」
「謙也は他に用事あるやろ。方向真逆やし」

謙也は今、財前と共に物資の調達を兼ねた市場視察の任をまかされている。じっとしているのが苦手な謙也らしい外回りの仕事だった。
黙って見上げていた謙也は、急に立ち上がったかと思うと俺の手にあった手紙をもぎ取った。

「あ、」
「俺の足、なめたらあかんでぇ」

右手に書面を掴み、ニッと破顔する。どうやらついでに隣国まで足を伸ばすつもりらしい。謙也に負担はかけたくないが、他に頼る宛てもない俺は、仕方なくそれに甘えることにした。

「ほんま、すまんな」
「そんなんええて!っちゅーか白石は仕事抱えすぎっちゅー話や!」

ひょいと縁側から飛び降りた謙也は、いつの間にか直ったらしい草履をはくとさっさと庭先に出てしまう。
振り返り様、ちゃんと休みなやー!と声を上げる彼に手を振って、俺はどっと気が抜けた。千歳の奴、今度会ったら一発ガツンといってやる、と心の中で息巻いた。
ところがその日の夕方に千歳は顔を出し、そんな思いも空回ってしまった。本当に間の悪い男である。

「へぇ、謙也くんが?」
「せや、今度会ったらお礼言っとき」

財前にもな、と付け足す。帰ってきたそのままの足で俺の部屋へと訪れた彼に、はぁーと本日何度目かわからない溜息をついて、筆を置いて振り向いた。

「で。今回はどこまでお散歩行っとんたんかいなぁ、千歳?」
「あ、お土産があっと」

あの千歳から?と目を見開いていると、彼はごそごそと懐から何か取り出す。
手、出しなっせとか言ってくるので、黙ってそれに従った。
ころん、と手のひらに転がったのは、小さな薄い桃色の貝殻。

「………なんや、コレ」
「ん?綺麗かろ?」

プルプルと右の拳が震える。こんな子供騙しみたいな物のために謙也が犠牲になったのだと思うと悔しくてしょうがなかった。
俺は無言のまま立ち上がると、バッと障子を開いて薄暗い庭へ向かって小さなそれを放り投げた。

「あぁっ、なんしようと」
「自分なぁ!勝手すんのもええかげんにしとき!お前のせいでどんだけ迷惑かかっとると思ってんねん!ほんまもう、お前みたいなん、雇った俺が情けないわ…」

最後のほうは悔しさの余り目頭が熱くなってきた。思わずまぶたを擦る。

「白石…」
「もうええわ。喋りたない。出てって」

目頭を押さえながら、顔も合わせずに部屋へと戻る。立ち尽くした俺の背中に、千歳が再び声をかけてきた。

「白石、ばってん俺は」
「出てけ言うとるやろ!」

振り向いて無理やりに千歳の身体を外へ押し出した。よたよたとよろめきながら後ずさる彼の足が敷居を越えると、問答無用で障子を閉めた。パン、と乾いた音が響いた後は、静寂しか聞こえず、俺はずるずるとその場に座り込んでしまった。






陽が落ちるとほんのり肌寒くなる空気の中、蝋燭の炎が横顔を明々と照らしていた。

「戦、ですか」

俺の目の前には地図が広げられていた。北側を大きな山で囲まれた俺たちの国があり、周辺の平野には小さな村が隣接して続いている。この人が治めてからは、この城の城下町では市場が盛んになり、豪商も出てきている。この辺りは治安もよく、大きな飢饉や災害もないため安定している。問題は、さらにその周りの土地だった。
中心部から離れれば離れるほど統治は難しく、荒れることが多い。どれだけ目を光らせようとも、どれだけ条例を打ち立てても、細々とした物取りや規律の乱れは防げない。
特に西側では隣国との争いが絶えず、状況は悪化している。

「ずっと向こうででかい戦があったやろ。どうもそこから落ち武者が流れとるらしいなぁ」

オサムちゃんは中身のないキセルの先でゆっくり線を引いた。それは隣国と俺たちの国との境目で止まる。

「ついにウチらんとこまで手ェ出してきよったわ」

カン、と一度キセルが叩きつけられる。恐らく戦場になるのは、そこだ。

「川挟んでの睨み合いになるなぁ。長期戦や」
「せや、どないする?白石」

うーん、と深く唸る。あまりだらだらとやっていると季節は冬に変わる。
冬になれば進軍は遅れるし物資の調達が難しくなるしで、遠征するこっちに対して分が悪い。ここは迅速に落としてしまいたいところだ。

「金ちゃんや謙也は向こう行っとるしなぁ。俺が出るにしても、指揮取る奴がおらんなるし」
「あいつ、使ってみたらどや?」

あいつ?と俺は顔を上げた。オサムちゃんがキセルを銜えてにんまりと笑う。

「お前が抱えた野侍や」

言われた瞬間、俺は顔が引き攣った。つい数刻前に部屋から閉め出した男だ。

「あれは…ダメや。直ぐどっか行きよる」
「そーか?なかなか腕がたちそうやけどなぁ」
「戦場で散歩に行かれたらたまらんわ」

言うと、オサムちゃんは噴き出したあと盛大に笑い出した。






ゆっくりと門を跨ぐと、さして大きくはない屋敷が見えてくる。必要最小限のものしか屋敷に入れない白石らしく、よく手入れされた庭と対照的に部屋などはいつもがらんどうだった。
人が居ないことをいいことに勝手に敷地内に入り込み、縁側へと足をかける。彼と顔を合わせるのはいつ振りだろうか。
あの日白石に怒られたことを反省し、今回はちゃんとしたお土産を買ってきた。と言っても男に贈り物などしたことがないから悩みに悩み、結局香を買ってしまった。
何の香りかはわからないが、これが一番気に入ったものだった。
作品名:またたびと侍 作家名:ハゼロ