またたびと侍
部屋の前まで来ると、白石、と声をかける。居るのならこの辺りで返事が来るものだが、屋敷の中はしんと静まっていた。居ないのだろうかと、すっと障子を開ければ、案の定人の姿はどこにもなかった。それどころか、いつも使っているはずの文机も綺麗に整えられており、何となく嫌な予感がした。
まるで生活感がない小奇麗さだったのだ。俺はさっさと部屋を後にすると、踵を返した。
向かったのは、この国を治めるお殿様のところだ。結構な領地を持っている割に家来の数が少ない一風変わった体制で統治しているが、その実人を動かしているのはほとんどが白石なのだと言う。
最小限の人手で済ませているここでは、お目通りを願う小姓も何もいない。用があれば誰でも部屋に訪れてよく、随分と敷居が低かった。
「オサムちゃん」
声をかければ、おー入れやーと間延びした声が聞こえた。
襖を開けると、もくもくと漂う紫煙の臭いが鼻につく。俺は目の前でそれらを払いのけながら部屋の中へ足を進める。彼はのんびりとキセルをくわえて外を眺めていた。
「どないしたん?」
「白石は、どこ行ったと?」
単刀直入に訊ねれば、驚いたらしい彼がぱちりと瞬きをする。
「なんや、気付くん早いなぁ」
ふーと煙を吐き出し、俺を見上げた。
「白石なら、戦に行ったで」
「戦…?」
「たぶん、梃子摺るやろなぁ。冬になっても帰ってくるかわからへん」
「どこね」
ん?とオサムちゃんが顔を上げる。そんな時間ですら惜しかった。
「その戦は、どこでやりよらすとや?」
気が付けば、俺はオサムちゃんを睨みつけていた。