番い羽
( 鐘の音が天を貫き響き渡る。空よ裂けよと鳴り響く。
契約の赤い鐘の音。
その音が意味するものが何か認識すると同時に、三成の周囲から世界がかき消えた。無音と無色が支配する只中を、三成はひたすらに駆ける。その先に何が在るのかを三成は知っている。何故わかるのか、この確信は何処から来るのか。知らぬ間にひとつの音だけが、三成の耳を打ち始めた。
雨音だ。
音をたてて降り注ぐ氷雨が身を打つ。隙間から入り込む水滴が瞬く間に三成の全身を濡らし、そして三成が抱えるあの御方の身体すら濡らし、少しずつ少しずつ、その重みが増していく。しかしそれでもなお両手にかかる重みの何と言う軽さ。偉大な魂はすでに残滓すら残さずに去り果てて、三成が持ち上げるのはただ、かつて神の宿っていたというだけの、尊い抜け殻であった。
鋼色をした硬質な髪に触れる。籠手越しに感触はない。額に触れる。鼻筋に、頬に、首に、恐る恐る触れる。幾度繰り返してもその双眸が三成の不敬を咎めることはなく、引き結ばれた唇は二度と開くことはない。すでに、神は、いない。
ひでよしさま。
秀吉様。
幼子のように座り込み、震える手で抜け殻をかき抱き、三成は叫ぶ。
秀吉様、秀吉様、秀吉様、
―――いえ、やす。
「家康……ッ、家康―――!!」
三成が咆哮すると同時に、視界にその男の姿が映る。万華鏡のように明滅して揺れる視界の中で、黄金色の戦装束を纏う男の後ろ姿だけがいやにはっきりと見えた。その後ろで警戒を高めた雑賀の頭領の姿など、今の三成の眼には映っていない。
地面を蹴る。同時に抜き放った白刃を、一気に振り下ろす。
はっとした顔で振り返った男の眼が、真っ直ぐに三成を捉えた。
そして、あろうことか。
名を呼んだ。
「……三、成……ッ!」
拳の背で咄嗟に刃を受けとめながら、名を呼んだのだ。 )