スターゲイザー/タウバーンのない世界
タクトとスガタは帰宅部なので、1組の模擬店であるどんぶり屋の手伝いをすることになった。
昼休みになるとワコとルリが模擬店の教室に様子を見に来た。
「おつかれさま!」
「わあ!教室もう大体出来上がってるね!」
「聖歌隊の練習はどうなの?」
「うん、上々!明日聞きに来てね。」
「もちろん!」
「屋上だっけ?」
「うん!11時から。」
ワコはお弁当の用意をしながら報告する。
スガタは当初ウケ狙いだと散々囃された、シンドウ家の家紋が入った弁当箱を広げ、タクトはそのおかずをいただきながらパンをかじっていた。
「ちょっといいかな?」
その声に振り返ると、桃色のツインテールがかわいらしい小柄な少女が立っていた。
一つ上級生のシナダベニオだ。
三人は彼女を知っていた。寮長としても剣道部キャプテンとしても学園で人気が高かったからだ。
「スガタくんに用があるんだけど。」
校庭内で一角、園芸部が管理している花壇は本格的ガーデニングが施されていて、休憩に訪れる生徒も多かった。
今は園芸部が、秋植えチューリップの球根を販売するために看板を作っていて、とても落ち着けるような場所ではないが。
「ベニオ先輩。」
「分かってる!今はつき合うつもりないんでしょ!」
「・・・そうです。」
「分かってるならなんで告白するんだって顔!やめてよね。」
勝ち気なのが気持ちいい少女だ。
「本当は許嫁がいるからなんじゃないの?」
「ワコは関係ありません。」
「・・・その子に迷惑かけたくないのね。でも許嫁が理由なら、いくらでも逆転のチャンスはあるわよね。」
「・・・・・・いえ、といより僕。」
スガタは少し言葉を選ぶように斜め上を見上げた。
「恋愛に興味ないんです。」
ベニオは真剣な瞳でスガタを見返した。
「興味ない?」
「はい、今の生活で結構忙しいので、これ以上のプラス要素はちょっと。」
ベニオは呆れたようなリアクションをしてみせた。
「スガタくんもやっぱりまだ子供ね。」
「?」
「恋愛っていうのはね、こっちの都合なんてカンケーないのよ。」
そう言いながらスガタに一歩近づく。
「始まってしまったら最後、結果がどうあれ生活がどうあれ、もう止められないの。それだけでいっぱいになるものよ。」
言いながらベニオはスガタとの距離を遠慮なく詰める。
学園でも目立つ二人が、校庭の花壇で急接近している。露骨にはできないが気付いた生徒達はハラハラしながら見つめていた。
スガタは一切動じず、詰め寄るベニオの瞳をただ見つけていた。
「はじめてあげようか。スガタくんの恋。」
そう言ってベニオは踵を上げた。
「折角ですけど遠慮します。」
キスをせまるベニオを、スガタは寸でのところでさっと避けた。
ベニオもベニオで動じない。
「つれないな、一生童貞でいるつもり?」
「女の人がそんなこと口にするもんじゃないですよ。」
スガタは軽くあしらって。
「諦めてないから。」
スガタは会釈して踵を返した。
少女の勝ち気な告白は嫌じゃなかった。
恋愛論を語ってくれたことも面白かったと思い、初めて告白を悪くないと思った。
「恋愛はそれだけでいっぱいになるもの。か。」
口にするとワコの顔が浮かんだ。
かわいいワコ。
許嫁として行く末結婚し、一生彼女を大切にすることはできるだろう。
ワコを抱くこともできるだろう。
スガタはいくらでもできる。
アゲマキの家が、シンドウの家の犠牲になっている限り。
ワコのような生け贄が生まれる限り。
スガタはシンドウとして、ワコを全力で幸せにする。そのつもりだ。
でもワコは望まないなら、ワコがタクトと結ばれたいなら。
スガタはそうなればいいと思う。
タクトだって、ワコが好きなのだから。
スガタはそう思っていた。
18になったら婚約させられる。
その前に二人の気持ちを確実にさせなければ、と。
やはり今は、自分の恋愛に興味はない。
タクトとワコの想いを遂げさせる。
二人とも自分に遠慮して、お互いの気持ちを殺してしまいそうだから。
めまぐるしく移ろい行く16歳の日々に、気持ちが死んでしまう前に。
作品名:スターゲイザー/タウバーンのない世界 作家名:らむめ