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スターゲイザー/タウバーンのない世界

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にげてるだろ?






学園祭の準備に土曜の午後も学園は賑やかだったが、午後になると新校舎にある1年生の階は静かになっていった。
帰宅部でクラスの出し物を手伝っていた生徒は、作業を終えほとんど帰宅している。教室には部活動の準備をしている生徒のカバンがいくつもあるのに、人は誰もいない。
ベニオに呼び出されたスガタの帰りを待っていたタクトは、今日二度目の告白に出会ってしまった。
一人の瞬間が訪れると、どこかで見張っていたかのように女子が現れるのだ。
ワコがカバンを取りに1組のドアを開けると、教室の中で不自然にタクトと2組の女子が向かい合っていた。
「あ、じゃああの、ありがとうタクトくん。その人と上手くいくと良いね。」
タクトがよそ行きの顔で微笑むと、少女は真っ赤な顔を俯かせてワコの横を走り去った。
通りすがる瞬間にほのかに甘い香水の香りがして、この一瞬の告白のために少女達が重ねる勇気と努力に、ワコは胸が締め付けられた。
「・・・・・っはあーーーー。」
タクトは深いため息を吐いた。
「つらい?」
「胸が痛いよ。みんなかわいいし素敵だし、あんな目で見つめられちゃ『もちろん』って言ってあげたい。」
ワコはゆっくりと教室に入った。
「いっそ誰かとつき合えば、こんなことも終わるのかなあ。」
タクトはそうつぶやいてイスに腰掛けた。
タクトの席ではない、タクト専用の席に。

「・・・・・・・・・好きな人がいるって、本当?」
ワコはそう問うていた。
タクトは顔を上げた。
「聞こえた?」
「あ、いや、そうじゃなくって。噂で。」
言ってみてワコはまずかったかも、と内心思った。
自分が女の子をフル台詞が噂になっているなんて、きっと気分が悪いだろう。
「そっか。」
タクトは困った顔で笑う。
「うん、いる。」
「全然気付かなかった。好きな人、いたなんて。」
ワコは意外、といった感じに言う。
タクトは頬杖をついて首を傾げて笑う。
「なんてゆーか、割り切ってるし。もうずっと好きだから、恋してるって感じじゃないなあ。」
ワコはやはりゆっくりと、タクトの元へと近づいて、その斜め前の席に座った。
タクトとこんな話をするのははじめてだったので新鮮なのと、それなのに普段とかわりなくワコに話すタクトに魅せられている。
「聞いていい?」
遠くから聞こえるバトン部の練習音楽が放課後と錯覚させるが、机の上の無数のカバンが人影を側に感じさせて違和感が止まらない。
「ん?」
タクトの瞳、タクトの声、タクトの表情一つ一つ。
ワコはこの教室で、ずっと独り占めしたいという幼い欲求が生まれた。
この数週間で繰り返された告白達の、その都度少年少女が振り絞った勇気達が、この校舎には彷徨っていて、今ワコの背中を押した。
「タッくんの好きな人。聞いてもいい?」
タクトの顔色が変わった。
真剣な瞳でワコを見つめ返す。
しばらくの沈黙のあと、タクトは戸惑い視線を逸らせた。

あ。
初失恋する。

自分に告白してくれた少年達の後ろ姿。
各所で時折泣いていた少女達、それを慰めるクラスメイト。
頬を赤らめてスガタやタクトを呼び出した、女の子達の顔が浮かんだ。
もしかしたら。
ルリの言うようにそうなのかもしれない。そうだったらいいのに。
そう願って。
ああ、自分できいておいて、あまり聞きたくない。
知ってる人だろうし、きっとものすごく嫉妬してしまう。
タクトは覚悟を決めたように、ワコにもう一度向かい直した。

「スガタだよ。」



その声が、大好きなタクトの声だった。
優しくて、柔らかくて、幼いような、一番好きな時の声。
けれどもその穏やかさは、初めて聞いたような声。
「え?」
その声にタクトの気持ちが恋愛感情であることが、触れて確かめたように解った。
それなのにワコは聞き返した。
それ以上タクトは繰り返さなかった。
ただ、とても静かに微笑んで、ワコを見つめている。
沈黙は何もかも肯定するようだった。
失恋のせいではない。
ワコの胸の奥から、熱いものが混み上がって苦しくなった。
目頭が突如熱をおび、顔が赤らみ鼻の奥がつんとした。
涙が一粒堰を切ると、後から後から溢れ出した。
「ワコ!?」
「っふ。」
「ちょ!ワコ!」
タクトは立ち上がりワコの肩に触れるが、ワコはもう本格的に泣き出していた。
「ふぅ・・・・うっ・・うう〜。」
タクトはスガタが好きだった。
スガタは自分の許嫁だ。
優しい声、深い恋心。
相手がスガタという混乱。
なのに妙な納得。
「ワコ!ワコ!わ〜!なんで??」
「ぐすっなんか気持ちが、溢れ・・・だって、だって結ばれない・・・。」
自分の言葉にワコは気付いた。
ああ、だからこんなに胸が苦しくなったんだ。
こんなに優しい声で、タクトがスガタの名を呼ぶのに、その想いが報われないから。
こんなに側にいたのに、こんなに切ない気持ちがあったなんて。

タクトはワコの前にしゃがんだ。
顔を抑えてめそめそとなくワコの、柔らかい髪をそっと撫でる。
「そんな風に泣かないで!そういうんじゃないよ〜!僕は、ワコとスガタが幸せになってくれたら、それが一番嬉しいんだよ。」
タクトの言葉のニュアンスに、ワコは顔を半分上げた。
ワコが、スガタを好きなように聞こえて。
「ワコのことも、スガタと同じぐらい好きだから。二人が幸せになってくれるのが、一番嬉しい。」
タクトの笑顔。こちらもつい笑ってしまいたくなるくらい、明るい。

「どうしたの?!」
その声に二人はハッと顔を上げた。
「何?どうしたのワコ!」
スガタだ。
「な!なんでもないの!」
明らかに狼狽えるワコと、タクトは「あー・・。」と言葉を探す。
「大丈夫!?タクト大丈夫なのか?」
その様子からタクトともめた訳ではないことは分かった。
女子からスガタやタクト絡みのことで、ヒドいことでもされたんじゃないだろうか。
それが一番心配なのだ。
「ほんとに違くて。」
「うん、スガタが心配してるようなことじゃなくて、なんていうか友達がね、失恋したんだって。」
ワコはその作り話に複雑な気持ちになった。タクトのことやら、自分のことやら。
「うん・・・そうなの、びっくりさせてごめん。」
スガタは納得できないような表情を浮かべている。
「・・・もしかして、僕がふったの?」
『ちがうちがう!!』
二人同時に否定する。
こんな嘘で心を痛められては申し訳ない。
「そう・・・。」とスガタはそれ以上追求しなかった。スガタはワコを問いつめることができないから。
ワコはスガタをみると、今までにない感情が生まれた。
幼い頃からずっと知ってる、自分の親友がタクトの好きな人だった。
まじまじと見つめ。
「何?」と言うスガタを見て、少し羨ましく思った。
ワコは立ち上がった。
「私、行くね。」
「ワコ、大丈夫?」
タクトが心配そうに聞く。
「ゆっくり、話したいんだけど。」
タクトはワコの負担になりたくなかった。二人が想い合うなら、心から結ばれてほしいと思っていると、もう一度伝えたくて。
引き止めたそうに差し出したタクトの手を、ワコはぎゅっと握った。
「じゃあ、明日。」
「うん。」
意味深な二人にスガタは疎外感を感じる。
じゃあねとワコは教室を出た。