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スターゲイザー/タウバーンのない世界

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誰もいない教室に二人取り残され、一瞬沈黙が流れた。
スガタがゆっくりタクトを振り向き、タクトはやばいぞ。と思う。
「で、何があったの?」
「だからほんとに、友達が失恋したんだっ・・・」
「ワコもタクトも嘘つくのがへただって分かってる?」
全て言い終わる前にスガタが言う。
タクトは目をそらし遠くを見る。
「そんな〜・・・過保護だな〜!スガタが心配してるようなことじゃないってば〜。」
「どんな理由でもワコを泣かせるような奴は全力で許さない。」
「はっはっはっは〜。」
泣かせたタクトは増々目が合わせられない。
「ほらっでも本人も平気そうだったじゃない?騒ぎ立てたら逆にかわいそうでしょ。」
冷や汗をかきながらタクトが言う。
「何かワコを傷つけるようなこと言ったのか?」
「えっ!!」
スガタというのは、こういう時だけ勘が鋭い。
「前から言おうと思ってた。」
「な、なに?」

スガタの声色が変わった。
「お前、ワコのことどう思ってる?」
校庭で「わああ。」という声が聞こえて、そのあと拍手が起こった。何かの練習で大技がきまったのだろう。
「どうって、どうって・・友達・・だけど?」
「ワコはお前が好きだよ。」
「 っへえ!!!? 」
何言ってるんだこの人は!
とタクトは思った。
とんだ勘違いだ!!とも。
「ワコには、自由に恋愛してほしい。」
「・・・うん。」
「だからお前がワコを好きなら。」
タクトはその目を見開いた。赤い瞳が、その美しい色をくるくると揺らがせて。
「僕はワコと結婚するけど、お前がワコとつき合えよ。」
スガタの瞳は真剣だった。
竹刀を合わせる時みたいに、とても真摯。
だからタクトも、真剣に言った。
「それ、どういう意味?」
「どうしても僕はワコと結婚しなきゃならない。それを承知でワコとつき合えるのはお前くらいしかいないってことだよ。」
タクトの中で何かが、音もなく事切れた。
「まだよく解らないんだけど。」
慎重に言葉を繰り返す、タクトの声色は普段聞かない低さだ。
スガタはそれに気付きながら、もう一度全てを説明した。
「ワコはタクトのことが好きなんだ。タクトだって、ワコが好きだろ?でも僕はワコと結婚しなきゃならない。それがシンドウ家とアゲマキ家の決めごとなんだ。」
「ワコには自由に恋愛してほしい、僕以外を好きなら好きな相手と結ばれれば良い。タクト以外なら無理かもしれない。でもタクトなら、僕とそういう関係が築ける。だからタクトとワコに、僕に関係なくつき合ってほしいんだよ。」
「そう言う関係って・・・。」
「容認浮気ってこと。」
「最低。」
「先の話だ。」
「最悪だよ。」
「ワコが好きなんだろ?」
「ワコは好きだよ!当たり前だろ!だけどそんなのおかしいだろ!」
「タクトとワコに結ばれてほしい。」
「スガタは?ワコが好きなんだろ?!」
「当たり前だろ!だけど違う。僕はワコに一番に幸せになってほしい。ワコが好きな相手と結ばれてほしいんだ。」
「ばっかじゃないの!?スガタって!」
あまりの言い方にスガタはさすがにカチンときた。
「何?」
「ワコはスガタが好きなんだよ!?」
「っは!タクトの方こそ鈍すぎだよ!ワコはお前が好きなんだよ!幼い頃からずっと!ずっと!」
二人の怒鳴り声は廊下まで響いて、誰かが大声で喧嘩しているのが、他の階まで聞こえていた。
けれど幸いにも、その階には誰もおらず、外の人間が何やら騒がしいなあと思うくらいだった。
階段をのぼっていたワコは、すぐに二人の声だと気付き駆け下りた。
「幼い頃から、ずっと・・・。」
タクトはスガタの言葉を繰り返した、憤りを隠せない声で。
「だから父さんはタクトを嫌ったんだ。」
「スガタは、そうやっていつまで逃げるの?」
ワコが勢い良くドアを開けた。

「・・・・・・・・・・・・は?」
聞いたことのないスガタの冷たい声が、教室にはっきりと響いた。
「逃げてるだろ?」
タクトはワコに気付いたが、まったく目を向けず言葉を続けた。
「家族のないお前に何が分かる!!」
ワコは心臓がキュっとなった。
スガタの言葉がタクトを深く傷つけたから、タクトがそこまでスガタを怒らせる言葉を使ったから。
「何か分かってもらいたい?無理だよ。そんな卑屈な方法でしか、未来を作れない奴のことなんて、分かりっこないから!」
ガタン!と大きな音が響いた。
スガタが掴みかかろうとして、タクトが避けたはずみに机をなぎ倒したのだ。
「ちょっとやめて!二人とも!!!」
ワコの悲鳴に近い声は、ようやく外の人間にただの喧嘩じゃないと気付かせた。
他の階で帰り支度をしていたバスケ部が、駆け上がり二階へやって来た。
「なんだよ、喧嘩か?」とワコに声かける。
教室の中でにらみ合う人間がタクトとスガタであることに驚き、上級生が沈黙の二人に水を指した。
「何が理由かしらないけど、怪我するような喧嘩はやめろよ。」
それで二人はようやく、視線を外した。
スガタは野次馬を振り返り、「お騒がせしました。」と短く言った。
心配そうなワコがスガタに駆け寄ると、タクトはカバンを掴んで教室を飛び出した。
「タッくん!」
ワコの声を無視して。
「何何?三角関係?」「取り合い?」と野次馬がざわめくのにスガタが舌打ちする。
「スガタくん、何があったの?私のこと?泣いてたのは本当になんでもないんだよ!」
「違うよワコ、そのことじゃないから、ワコは心配しないで。」
「心配しないでって・・・・・・・。」
スガタは倒れた机を直しはじめると、喧嘩を仲裁してくれた上級生が気を使って野次馬を散らせてくれた。
「あいつにはいつかちゃんと、話そうと思ってたんだ。」
「・・・え?」
「・・・シンドウの家のこと。」
スガタは独り言のように呟いた。


学園祭の朝は快晴だった。
澄み渡る秋空は心地よい風が吹いて、快適な気温だった。
タクトが学校へやってくると、一年生の生徒が何か噂するのが分かった。
タクトとスガタが一発触発の喧嘩をしていたことが、尾ひれをつけてビックフィッシュになり一人歩きしているのが窺える。
言いたいやつには言わせとこう、と言い聞かせて。
朝は誰も電気をつけない教室に入ると、すでに多くの生徒が登校していた。
中にスガタがいるのも視界に入ったが、タクトは見向きをせず自らの席に向かった。
すでに噂が回っていたので、クラスメイトがちょっと緊張してその様子を窺う。
「おはよタクト!」
こういう時勇者が生まれるのだ。
「ああ、はよ。」
「おい、スガタと喧嘩したってほんとか〜?お前らめちゃくちゃ仲いいのに!」
「別にそんなに仲良くないけど。」
「いや!めちゃくちゃ仲いいって・・・。」
教室の生徒はぽつりぽつりと会話をしながら、そちらが気になって仕方ない様子。
「スガタって馬鹿なんだもん。」
タクトが冷たく罵った。
「そういうことは数学の成績で僕に勝ってから言ってくれない?」
教室の隅からスガタが声を張った。
タクトは体をひねってスガタを向く。
「成績でしか人を計れないのトコロが小さいんだよ。」
「人間的に自分が優秀だってこと?随分自惚れてるんだなあ。」
「少なくともスガタみたいな、陰険な人間よりはマシに育ったと思ってるよ、両親がなくとも!」