スターゲイザー/タウバーンのない世界
みつけようとしてなかった
「シンドウの家は元々小さな財閥だった。」
ずっと昔聞いた物語を、ひとつひとつ思い出してつむぐようにスガタはゆっくりと話はじめた。
タクトは黙って耳を傾けた。
明治時代のシンドウ家当主は、フランス人女性と結婚し、その頃から軍事品工業を手がけ始めたそうだ。
海外貿易に成功しその財力が拡大すると、銃器開発を始めそれが当たった。
工場を着々と増やし日本経済に大きく貢献したという。
けれど本土では巨大化するシンドウ財閥に角が立ち、またフランス人と結婚したことがきっかけだったのが、それに拍車をかけたそうだ。
多くがシンドウの企業で勤めていたので公ではなかったが、留守がちな主に残された家族は村八分にされ、逃げるように南十字島へ移り住んだ。
先祖は島にきて一番に、アゲマキ家に向かった。
家族はお清めを受けて島に受け入れてもらうと、南十字島では人種的差別もなく平和に暮らしていた。
丁度その頃、時代は第一次世界大戦を迎えた。
シンドウ財閥の巨大化は飛ぶ鳥を落とす勢いで、日本屈指の企業へと上り詰めていた。
しかしある頃から、シンドウの家では異変が起こり始めた。
子供達が次々に奇病を発症し始めたのだ。
幻覚、幻聴、不眠、徘徊、発作、発疹。
どれだけ多くの医者に診せても、原因はまったくわからなかった。
困った当主はアゲマキ家へと相談に行ったそうだ。
「銃器製産をやめなさい。」
そう言われた。
「多くの命を落としている、これから先もっと多くの命が失われます。銃の製産をやめない限り、シンドウの子孫は繁栄しません。」
当主は拒んだそうだ。
今シンドウ財閥が軍事品開発をやめたら、日本の経済状況を揺るがし、多くの人々が職を失う。すでにシンドウ財閥は国家レベルの企業だった。
そして軍事品を作らないというのも、どこかで闘う兵士達とそれに守られる人々が命を落とすことだと。
それは自分の一族一つで決められることではない。
するとアゲマキの神主は、幼い少女を連れて来た。
それはとても美しく神聖な存在だったという。
神主はそのアゲマキの子を、シンドウの戸籍に加えろと助言した。
そしてその子に子孫を残させよ。
最初はひどく疑ったが、その少女のあまりに麗らかな雰囲気に魅せられ、屋敷へ連れて帰った。
すると子供達の奇病は不思議と治まり、当主は少女を長男の許嫁としたそうだ。
長男は18で婚約し、第一子が7歳になる頃、第二次世界大戦が始まった。
嘘か誠か、茶色かった筈の長男の瞳はみるみる色素を失い、半分フランス人の血を受け継ぐ父親とそっくりな栗色に変色した。
そして再び子供達が奇病に侵されるようになった。
お清めをしても、お祓いをしてもまるで治まらず、再びアゲマキ家から、幼女が養子が入った。
戦争に負けて財閥解体が行われると、軍事品産業を中心に多くの工場を持っていたシンドウ財閥は一番の対象となった。
完全に企業を壊滅されるところだったが、アメリカに協力することで存続され、シンドウコーポレーションに改名された。
そうして長い月日がたち、シンドウ家に産まれたのがスガタの父だった。
スタガの父親は特に変わった目の色もしておらず、シンドウの家では奇怪なことは起こらなかった。
しかしスガタが産まれた時、その瞳が黄色かったことに周囲は怯え、シンドウの親戚内では、大きな戦争がもう一度起こると皆が噂した。
父親はアゲマキに相談に行った。
その頃運命的にも、アゲマキの直系の娘が女の子を身籠っていた。
それがワコだった。
「アゲマキ家の巫女となる女性は、その力でシンドウ家の呪いに似たものを鎮魂しているらしい。」
タクトは途方もない話を聞いた気がした。
シンドウの家が馬鹿デカイ企業であることは知っていたが、それが銃器開発から始まった軍事品産業だったとは思ってもいなかった。
財閥、戦争、会社。
なんの関係もないようなのに、スガタは高校を卒業する頃には、それらを背負ってゆく人間になるのだ。
そんなのスガタには似合わない、古武術とかやってる方がずっと似合ってる。
「・・・・・リングみたい。」
「迷信だろうがほんとだろうが、この歴史は事実だ。」
「じゃあワコと結婚しなかったら、スガタは頭がおかしくなるって?」
「僕が7歳の時、アメリカでテロがあった。学校、よく休んだだろ。」
「そう言えば、そうだった。」
「僕も全然覚えて無いんだ、でも、そうだったらしい。毎日熱を出して、発疹・・というよりケロイドみたいなただれが出て、痙攣して叫んで幻覚を見た。」
淡々と話すスガタを、タクトはただただ見つけるしかなかった。
「それでワコは許嫁になった、あの頃はずっと家にワコが居ただろ?」
「うん、いつもいたよね。だから僕も毎日遊びに行けた。」
「ワコがきて、ようやく僕は奇病から解放されたみたい。」
「・・・・・・・。」
「信じがたいけど、今でもなんとなく感じるんだ。ワコの周りには真っ白いヴェールみたいなのがかかってて、側にいてくれると自分もワコのいる世界に入れるみたいに。浄化されるように感じる。」
タクトはもう空っぽの紙パックをくしゃりと握りつぶすと、両手を空に向けて伸びをした。
その腕でまぶたを覆うと、肘がスガタの肩にぶつかった。
屋上から云十メートル下で、賑やかな声が聞こえる。
珍しく話し込んだ二人は、学園祭の空気にまったく戻れない。
「スガタが、」
「スガタがやろうとしてたこと。」
「スガタはワコと結婚して、僕がワコとつき合うっていう。」
「やっぱりそれって、誰も幸せにならないよ。」
高く高く飛んでいる、あの鳥はヒバリだろうか。
それを眺めてタクトは、一言一言呟いた。
「そうか。」
スガタがようやく返事をした。
「だって僕、ワコのことは好きだけど、恋してないもん。」
スガタは隣のタクトを振り向いた。
タクトはそれに気付いて、腕の間からスガタを見た。
「ワコもそう、スガタが好きだよ。」
「それは違う。」
「えー!」
「タクトはほんと鈍いな。」
スガタは力なく笑った。
春の代名詞は寒くなると、この島へ訪れるから、やはりあの鳥はヒバリだろう。
「夏休みの宿題。」
「え?」
「タクトの宿題。あれ、夢って。」
「ああ。」
「見つかったのか、お前。」
「・・・うん。」
タクトは返事と同時に、イスから崩れ落ちそうだったのを座り直した。
「そうか。」
「スガタは?」
タクトは自らの膝に頬杖をついて、スガタを眺めた。
「タクトの言った通りなんだ。」
「何が?」
「逃げてるんだ。僕は父さんから。」
「・・・。」
「見つけようとしてなかった。」
階段の方から少女たちの笑い声が近づいてくる。
「宿題、もう少し提出伸ばしてもいいか?」
タクトは嬉しくてにっこり笑った。
「じゃあ冬休みまで待ちます。」
聖歌隊が屋上のドアを開けると、立ち入り禁止の屋上にすでに人影があった。
スガタが珍しく声をあげて笑っていた。タクトはいつものくだらない話をしているようだった。
「仲直りしたんだ。」
ルリがワコに呟く。
「そうみたいだね。」
二人の笑い声に、ワコは微笑んだ。
「タクト。」
少し遠慮がちに少女たちが屋上へと入ってくる。
「ん?」
作品名:スターゲイザー/タウバーンのない世界 作家名:らむめ