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スターゲイザー/タウバーンのない世界

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二人が家に入ると、使用人達がハッとしたようだった。
「スガタ様、お父様がお帰りです。」
さりげなく伝える。ここの屋敷の人間は、新人でないかぎりみんな知ってる。
主がタクトを猛烈に排除したがっていることを。
気付いてない者がいたとしたら、スガタの母親だけだ。
彼女は昔からタクトがお気に入りだし、お嬢様育ちの世間知らずで温厚な性格ゆえ他人を疎むこともなかった。空気の読めない人なのだ。
その人が大切なのだろう、スガタの父親は彼女の居る前でだけは、タクトにきつく当たらなかった。
心配りが行き届いており、屋敷の人間はタクトが来るとみんな笑顔で声をかけてくるのだが、今日は父親がいるので通りすがりも会釈か「おかえりなさいませ。」というスガタへの言葉だけだった。
皆タクトの存在を、奥の部屋の父親に悟られないようにしているのだ。
二人は部屋に入ると、一息入れようとコーヒーをいれた。
期末期間中だったので、数日前からスガタの部屋にコーヒーミルとドリッパーと豆が用意してある。
さっきスガタがお湯を湧かすように言っていたので、使用人が来る前にスガタが豆を挽きだす。
部屋にコーヒーの香りが立ちこめて、それだけで気持ちが落ち着けた。
使用人がケトルとコーヒーカップを二つ持って来た。
スガタの入れるコーヒーしか、タクトは飲んだことがない。それゆえタクトにとってコーヒーはとても美味しいという印象。コーヒーはよく苦いとかいうけど、タクトは苦いコーヒーなんて飲んだことがない。
「あ、香りが違う。」
「今日はモカマタリだよ。昨日ニシザキが新しい豆を買って来てくれたんだ、あの子コーヒー好きだから、タクトはこれが好きなんじゃないかって。」
「ニシザキさん。」
「・・・・何もタクトの好きなコーヒーまで買ってこなくてもいいのにな、お前はほんと人たらしだよ。」
「なにそれ。」
「ヒトタラシ、すけべだって話。」
「失礼な!」
スガタは手慣れた手つきでコーヒーを入れる。コーヒー豆にプカプカと泡がたつと、くるくるとケトルのお湯を注ぐ。タクトが入れてもこうはならないのが不思議。給仕いわく、屋敷で一番コーヒーを入れるのが上手いのはスガタだそうだ。
二人はゆっくりとコーヒーを楽しむと、カップに半分ほど残して勉強を始めた。
「数学数学数学!」
「好きだな数学。」
「今度は絶対スガタに勝つ!」
一時間ほどすると、ノックの音がした。
「はい。」
スガタが返事する。
「ケトルを、下げに参りました。」
「そう、ありがと。」
スガタは短く言葉を交わすと、机の隅のケトルと、使ったままのコーヒー器具を一色手渡した。
タクトも一度顔を上げた。使用人がちょうどニシザキだったので、「モカマタリ今までで飲んだ中で一番好きだったよ!」と声をかけた。
それでスガタもあまり気にせず、また歴史の暗記ものに集中した。
一時間ほど経って、再び誰かがノックした。
「はい。」
スガタが返事する。
「奥様から、ケーキをお持ちしました。」
「ケーキ?いや、まだ勉強始めたばっかりで休む気ないから、後でいいよ。」
「かしこまりました。」
スガタは違和感を覚えた。
また一時間も経たないうちに、誰かが部屋をノックした。
「・・・はい。」
「・・・あの、簡単な昼食を用意したのですが、お二人とも帰ってまだお食事されてませんよね?」
「そんなのいつも僕から頼むだろ、今日は一体どうかしたの?」
スガタは使用人に対して怒ったりしない、いつも敬意を持って接しているが、今日は少し疎ましそうだ。
「・・・お父さんに言われたんでしょ。」
タクトが後ろから声をかけた。
スガタがそれを振り向いた。
「板挟みじゃかわいそうだよ、様子を見るように言われたんじゃないの?いや、答えなくていいんだけど。」
「あの・・・・・、申し訳ありません。」
使用人は気まずそうに、でもとても助かったようにタクトに恐れ入った。
「父さんが・・?・・・・もう行って良いよ。あ、昼食はあとでいい。」
スガタはドアを閉めながらタクトを振り返った。
「本当に集中できない。なんでそんなに気になるんだ。」
「・・・疑ってるんだよ。」
「・・・・・。」
ぽつりとタクトが呟いた、その言葉の意外さと険悪さにスガタはしばらく黙った。
「何を?」
タクトは数秒、計算途中の数字をポツポツと呟いて、一度式を整えてから言葉を返した。
「僕とスガタの関係をだよ。」
「・・・・・。」
スガタは再び黙りこむ。意外すぎるから。
「僕とタクトの関係って?」
言葉のあとにまた数学式を解き始めて、ずっとノートに目を落としていたタクトだったが、スガタの言葉にパタリをペンを置いた。
顔をあげてスガタを見ると、真剣な顔で告白した。
「前、ワコが僕を好きだから、おじさんは僕が嫌いだって言ったよね?」
喧嘩をした時の話だ。タクトを傷つける言葉をたくさん言った中の一つで、スガタは少し胸が痛んだ。
「ああ。」
「最初はそれもあって、おじさんは僕が嫌いだったのかもしれないけど、本当の理由はもっと他にあるんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
十何年かの付き合いで、そんな話を初めて聞いた。
自分の父親と、タクト。自分の知らない理由が、二人の間にあることの意外。
「何?」
「おじさん、見てたんだよ。僕とスガタがキスしてたの。」
タクトは、そういうとそっと目を逸らして。
スガタのノートに視線を落とした。
「・・・・・・・・・。」
スガタは何か言葉を返そうにも、4度目に言葉を失った。
口を開けたまま言葉がでなかった。
「・・・・・あれ、子供の頃やった、遊びの?」
「・・・・・・・・・・・。」
今度はタクトが黙った。同時にスガタも思い出した。
そうだ、その話は最近タクトとしたんだ。
疑問が残って気持ち悪い気分になった。
スガタが遊びのマネごと、と言ったらタクトは言ったんだ。「そんな風に思ってたの?」・・と。
「映画のマネをした、遊びじゃなかったのか?」
二ヶ月前のあの時と同じ気持ち。それ以外他になにがあったんだ?
スガタはそんな気持ちで、もう一度タクトに尋ねた。
「約束したじゃん・・・。」
「え?」
スガタは聞き返した。よく聞こえなかったからだ。
「おじさんが僕をスガタから離したいの、間違ってないと思うな。」
タクトはスガタのノートをぼんやりと見つめて言った。
「・・・・・・・・。」
今度の沈黙は、タクトの言葉を促すため。その沈黙にタクトは腹が立った。
タクトが父に奪われてしまうと、スガタは泣いて嫌がったのに。スガタにはもうそんな感情はないのかと。そしてタクトは呟いた。

「スガタが好きだったから。」
力なく、その言葉に心もなく、タクトは言った。
「だからあんな遊びしたんだよ。普通男同士でキスなんて、遊びでもしないでしょ。」
興味なさそうにそう言うと、ペンを拾い再び自分のノートに向かった。
「・・・・・・・・・。」
スガタは返す言葉を探した。頭の中に色々な感情と言葉が溢れた。
タクトの解いている問題と、タクトの顔を交互に見て。
タクトの言った言葉を何度も整理しようとした。
「ちょっと待て、僕はまだ・・よく解ってない。」
タクトはその台詞にちょっと笑った。