スターゲイザー/タウバーンのない世界
それで気持ちが明るくなったのか、笑顔で顔を上げスガタを見た。
スガタは。
目があったいつものタクトの笑顔に、何故か心拍数が上がった。
「だから僕さ。子供の頃スガタが好きだったんだよ。」
笑顔であっけらかんと言うのだ。
「・・・・どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、ああ!好きだったって恋のことね。」
「恋・・・。」
「おかしいでしょ。」とタクトは笑った。再びノートに向かってみたが、すぐ不安そうに顔を上げた。
「・・・・・・・、気持ち悪い?・・・・か。」
「いや!そういうんじゃなくて、ビックリして。」
「あは、普通ビックリするよなあ!」
笑っている。とても愉快そうに、風変わりな思い出のように。
「でもほら、子供の頃のことだから!恋愛とかそういうの分かってないし、ただ人間として好きだったんだよ。でもまあキスしていいくらい好きだったんだと思うけど。」
全部過去形だな、とスガタは思った。
「昔はさあ、スガタはかわいかったよなあ〜。いっつも僕にくっついて、病弱でよく泣いてたよね。」
「・・・・・いつのことだよ。」
「『タッくんタッくん』って言ってさあー。」
「・・・・まあ言ってたけど。」
「ま、好きだったんだよ、そんなスガタが僕はさ。」
タクトが茶化すように言うので、スガタもそういう風に受け取るしかなくなる。
「別人みたいに言うんだな。」
「別もんだね、今のスガタちっともかわいくないんだもん。」
タクトはにやりとして皮肉っぽく言う。
「それで父さんが、タクトを嫌ってると・・・。」
「そりゃそうなるんじゃない?子供でも、男同士でキスしてたら将来心配になるよね。」
けらけらと笑ってタクトが軽く言う。
「マイガール、だったっけ。」
「『1、2、21/2・・・・3!』でキスするやつね。」
くすっとスガタが笑った。
かわいいものじゃないか。
父もそれでそこまで嫌悪しなくてもいいのに。
庭の柳の木の下で。確かに父の書斎から見える。
幼い頃を思い出しスガタがなんとなく黙って、その話題に落ちもつけず、二人は再び勉強に戻った。
1時間ほど経過して、スガタははっとした。
自らの手元を眺めて停止している、気付く度タクトの様子を窺い、もう一度集中しようとする。その繰り返しだ。
全く集中できていない。
タクトの言葉がリフレインする。
何度も。何度も。何度も何度も何度も。
「スガタが好きだったから。」
それは甘美。
それでいてはらわたの煮えくり返る。
好きだったのは自分の方だ。
タクトに憧れ、タクトに焦がれ、タクトを好きになった。
そして傷ついたんだ。
時計を見ると夕方近かった。
タクトが「お腹空いた。」と言うので。
「食事にしようか。」と呟いて、家庭教師が来たら少しは集中できるかもしれないと思った。
明くる日の昼下がり。
スガタは手応えにほっとしていた。
昨日はあんなに集中できなかったのに、テストの出来は上々だった。
これから生徒達は、冬休みまで試験休みだ。
終礼が終わった教室は一気に解放されて、それぞれどこへ行こうとか、何をするんだとかの話題で溢れていた。
「スガタくんは冬休みも忙しいの?」
二人はタクトを待っていた。
担任に呼び出されたとかで、教員室へ出向いているのだ。
「ん?冬は夏ほどじゃないよ。年末は先生達も休むから。積んでた本がやっと読めるよ。」
「いいな〜!」
ワコはこれからやってくる暮れの目まぐるしさに早くも気疲れしていた。
神社は年末年始が最も忙しいのだ。
「タッくんは忙しいのかなあ。」
「みたいだよ。クリスマスも働くって言ってたし。年末年始はバイト代が上がるって喜んでたから。」
「そうなんだ・・・。」
とワコが寂しそうな声をあげた。
「初詣は三ヶ日までにタクトと行くから。ワコの巫女姿を見に。」
と付け加えると「えへへ〜。」とワコが照れ笑う。
「タクト、あれ好きだもんな。」
スガタが訳知りに言うので、ワコは気まずくなって返事を失った。
クラスメイトは続々と教室を出てゆく。別れの言葉が交差する。
「・・・・スガタくん、許してくれる?」
許してくれる。
そう知っていてワコは聞く。
「・・・?何。」
ワコは恥ずかしそうに、懐かしそうに言った。
「私、タッくんに告白したんだ。」
「・・・・・・。」
スガタが驚いた顔をするとワコは笑った。
「フられちゃったけどね。」
と付け加えなければならない。
「・・・・・・・・・・。」
「もー、なんか言ってよ!」
「最近意外なことがたくさんある・・・。」
「ええ〜?なにそれ!」
ワコは明るく言う。
「ちょっとビックリする。僕が知らないことなんてたくさんあるんだな。」
「どうかしたの?何かあった?」
「いや・・・。」
ワコはタクト専用席に腰掛けて、ショックをうけた様子のスガタを眺めた。
言葉をのみ込むスガタを、何度も見て来たのを思い出す。
そして改まって言った。
「スガタくんは、ほんとはすっごく貪欲だよね。」
「・・・・・・・唐突だな。」
「ううん。ずっと思ってたよ。」
クラスで目立たないグループの女子が、教室の隅で集まって普段聞かない声の大きさではしゃぎ合っている。
「ずっとそんな風に思われてたんだ。」
スガタが笑う。
「でもなんで今言ったの?やっぱり唐突だと思うけど。」
ワコはそうだね、と気づいて、自分でなんでか考える素振りをした。
「ああ、そうだ。タッくんとそんな話をしたんだ。」
「タクトがそう言ったの?」
「ううん、そうじゃなくて。」
語弊があるので一から話す。
「アゲマキの家は、この島の人を助けるお手伝いをするのが仕事なんだって。そういう話をタッくんとしたの。」
スガタは真剣な顔でワコを見つめ返した。
「その話をしてたらね。あーそうなんだなあって。なんとなく自分のやってくことが分かった気がしたの。」
ワコは朝食の話題と同じ感覚で話す。
「うん。それで?」
「うん、それでね。」
ゆっくりと、ワコの話に耳を傾けるスガタに、ワコは記憶をフィードバックさせた。
とりとめのないワコの話を、スガタはいつも優しく聞き入れてくれる。
何度もこういう場面があったことを思い出した。
いつからか、スガタはこうやって優しくゆっくり、ワコを見つめてくれている。
それで思う。
「今スガタくんのことも、お手伝いしたいなあって。」
助けたいなあって。
「・・・・・。」
「ずっと何かを押さえ込んでるでしょ、子供の頃から。でも本当は貪欲な人なんだって、気づいてないよね?」
「どんよくかな・・・・。」
ワコはくすくすと笑った。
「ごめんごめん、なんていうか〜・・・・スガタくんてわがまま言わないじゃない?言われた通り我慢してきたでしょ。だからすっごく、欲しいって気持ち強いと思うよ。」
ワコがそう言うので、そうなんだろうな。とスガタは思った。
ワコの隣に居ると、自分もワコのいるまっすぐな気持ちに入れるみたいで、妙に自分の気持ちに素直になれた。
けれどスガタはスガタなので、野暮な問いが頭に浮かんだ。
「でもやっぱり、なんで今なの?」
なんで今、それを教えてくれたの?
ワコが問いに答える前にそれに気づいた。
「あ、タッくん。」
その声にスガタは少し強ばった。
「ああ、ただいま〜。」
作品名:スターゲイザー/タウバーンのない世界 作家名:らむめ