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スターゲイザー/タウバーンのない世界

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れいせいになんてなれない






スガタは自室のソファに浅く腰掛け、天井を眺めながら幼い頃を思い出していた。
三人で仲良くなる以前、タクトと出会った時のことは幼すぎて覚えていない。
気づけばタクトはいつも一緒に居た。
スガタがタクトを「タッくん」と呼んでいたように、ずっと昔はタクトもスガタを「スガタくん」と呼んでいたことを思い出した。
小学校に上がると父親の仕事が忙しくなった。
元より週末しか帰らない存在だったので、そこまで気にならなかったが、思い返してみれば月に一度しか会っていなかった気がする。今になって思うと、三人が仲良くなったのは家庭の事情も関係していたのかもしれない。 
まったく違った三人だったが、どこかで同じ心細さを共有していた。加えて他の子供達のように、いつでも親がつきっきりで側にいなかった。けれど親達の放任気味の教育は悪影響にはならなかったと思う。だから逞しく育ってこれた気もする。
しかし三人で育った日々も、いつしか終わりが来ることは知っていた。
幼い頃の思い出と、いつまでも共に生きられる人と。それと離れてまったく別の世界で生きてゆく人がいる。
タクトは後者だ。この島で収まっていられる人間じゃない。

試験最終日、タクトから告白を受けて以来、スガタはずっとこの喪失感を心に記憶させてきた。
試験休みの間にはタクトと一切連絡をとらなかったし、終業式の日もお互い何も変わらぬ素振りで一日を終えた。
そのままスガタは、一番大切なことは考えないようにして、日々を通り過ごしている。
冬休みを迎えて、辺りは時折子供達の賑やかな声が響いていた。
裏森の鳥のさえずりと、庭師の話声が聞こえる。
遠くでインターフォンの鳴らされる音がしたが、スガタの意識まで届かなかった。
どんなにスガタが心を停止させても、世界の時間は等しく進んでいた。
現実を受け入れて行く方法は知っている。
喪失も含めて定着させて、全部まとめて自分にするのだ。

しばらくして、誰かがスガタの部屋をノックした。
「スガタぼっちゃま、ワコさまがお見えになってます。」
スガタはゆっくり体を起こした。
「ワコ?今行く。」
階段の踊り場に差し掛かると、玄関には巫女装束に大きなストールを巻いたワコが立っているのが見えた。
「おはようスガタくん。」
「おはよう。・・・どうぞ、客室でいい?」
「うん。」
ワコは少し改まった雰囲気を作っていた。
忙しい中どうしてもスガタに言いたいことがあるのだろうことが、その様子から受け取れた。
三人で会う時以外ほとんど、スガタはワコを自室に入れない。
許嫁なんて面倒くさい関係じゃなかったら、友達としていくらでも部屋に入れられるのに。律儀にワコの体裁を守っているのだ。
「紅茶でいい?」
「ううん、長居するつもりはないから。」
客室に入ると、ワコはソファにすら腰掛けなかった。
窓際まで進むと外を眺めている。そんなワコを見ていて、スガタはその用件に予想がついた。
しばらくすると使用人がアイスティーを持って来た。テーブルに置くと無言で部屋を後にし、ようやくワコが振り向いた。
「一昨日、タっくんから聞いた。進学のこと。」
ワコは厳しい表情を浮かべている。
「スガタくん知ってたの?タッくんはスガタくんには言ったって。」
「うん、少し前に聞いた。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ワコの真剣な顔は悲痛な表情に変わっていく。
「私・・・・・・・・やだ。」
「・・・・。」
そんなのみんなそうだよ。というあたり前のことが、分かっていても尚ワコが口にしたので、スガタは返事をしなかった。
「なんとかできないのかな?」
タクトから話を聞いて、スガタももちろん調べた。
NPOによる支援団体にも直接問い合わせたが、タクトのような健全で働けている人間には支援できないという話だった。
「南十字学園は、純粋に教育だけを与える学校じゃない。無駄な費用もかかり過ぎてるし、返すことを考えても本当は私立なんて通うべきじゃないよ。」
「でも前にタッくんが、奨学生は授業料だけで施設管理費用とか、その他のお金はそこまでかからないって。」
「だとしてもその教育費が市立とは何倍も違う。タクトは大学でも奨学金を受ける気なのに、働いて勉強してじゃ大変だよ・・。」
さらに利子のない奨学金制度では、学問においてかなり高いレベルが求められていて、タクトは大学ではそれを受けたがっている。大学在中でのことを考えれば、高校の学費は少ない方がいいだろうとスガタも思った。
「・・・・。」
ワコは数秒の間を置いて、わがままを言う子供のような態度を改めた。
「・・・スガタくんは、タッくんが本土に行ってもいいの?」
「僕だって一緒に卒業したかったよ。だけどタクトが決めることだ。」
「私は!」
スガタの言葉にくい気味にワコが何か言おうとした。それを飲み込んで、頭を整理してゆっくり話はじめた。
「夏祭りの時、タッくんが私に言ったの。」
「・・・。」
「僕たちまだ16歳でしょ?」
ワコは自分の中で、何度も繰り返していたように空で言う。
「たくさん無茶できるし、たくさん馬鹿ができる。嫌なことなら、たくさん闘えばいいよ。・・・て。」
ワコの声で聞くタクトの言葉は、いかにもタクトが言いそうな台詞だった。
タクトの声がその台詞を吐くのを、その声をよく知るスガタには鼓膜に再現できた。
それで微笑みを浮かべて。
「タクトらしいね。」
「タッくんが決めることだと思う。だけど私は何かしたいの!無駄だったとしても最後まで諦めたくない。だってそれって、今しかできないことだもん。」
諦めない。
スガタの知らない言葉だった。
「ワコはすごいな。」
それでワコの表情が緩んだ。
「スガタくんは私なんかより、もっとできることがあるはずだよ!タッくん言ってたよ。スガタくんのこと、完璧だって。」
その時は知らなかった、タクトの本心を思い起こすと、ワコは増々微笑ましく思った。
「あんな人が許嫁で羨ましいって。」
タクトがスガタを評価するのは身近すぎてほとんど聞けないので、スガタの中で新鮮な喜びが胸をしめた。
「近いうちにまた三人で会おう?時間作って。きっと何かできるよ。」
「・・・分かったよ。」
スガタは観念して言った。
「だめだったら・・もうあんまり会えなくなっちゃうでしょ?おじいちゃんのいる本土へ行っちゃうから。三人で何かできるの・・・最後かもしれない。」
用件が済むとワコはようやくソファに座り、アイスティーを飲み干すと5分もしないで出て行った。
神主がいないワコの家では、歳末の仕事は大変だろう。行事ごとは組合から人を雇っているが、ほとんどが女達だけで準備しなければならないから。
スガタは門までワコを送ると、坂道にその小さな後ろ姿が消えるまで見送った。


大晦日、タクトはガソリンスタンドで働いていた。
南十字島の冬は、夏のような賑やかさに欠ける。大晦日ともなれば、神社からも遠いフェリー乗り場のガススタなんて、最も閑散としていた。
今年の年越しは一人で過ごさなければならない。
寂しい気持ちを紛らわせるために一日仕事しようと思っていたのだが、タクトは高校生なので10時までしかシフトに入れなかった。