スターゲイザー/タウバーンのない世界
ワコが二人の背中に手を回して抱きしめた。タクトも二人の背中を抱いて、スガタもそうした。
三人は円を描いて笑った。
「そうだ。大事なこと忘れてた。」
スガタが思い出してワコを見た。
「なあに?」
「婚約、解消しようと思うんだけど、いい?」
『えええっ!!!!』
ワコとタクトが同時に叫んで、お互いを抱いていた手を離した。
タクトは内心どぎまぎした。
まさかさっきの告白を、ワコに打ち明けるのではないかと思ったのだ。
「構わないけどっ・・・私が良いとか悪いとかで、なんとかなる話じゃ・・ないよね?」
「なんとかなる方法を見つけた。」
スガタがにやりと笑った。
「方法って・・?」
タクトが聞き返すと、スガタが姿勢を正してタクトを見た。
それからもう一度ワコに向かい、真剣な表情になった。
「アゲマキの神主さまが言ったように、アメリカの軍事開発から手を引く。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・、それって。」
ただの高校生であるワコには、スケールが大きすぎて言葉を失う。
「それって、すごく難しいことなんじゃないの?」
同じく度肝を抜かれたタクトが、代わりに言葉を続けた。
タクトが少し考えただけでも、途方もなく問題が山積みだったからだ。
「でもそれが僕の目標だ。」
スガタは真剣にタクトを見つめ返した。
「僕はそれに人生を捧げていい。一生かけてあの会社の形態を変える。お前はそれにつき合うんだろ?」
タクトは愕然としながら同時に。
自分の人生の前方に、大きく風景が開けて行くような気がした。
それは爽快で清々しい気持ちだった。
「それがスガタの夢なら。」
タクトは胸に熱い気持ちが芽生えて、表現しきれず静かに微笑んだ。
スガタは呆然としているワコを見つめた。
「アゲマキの家を自由にしたいんだ。この家を継ぐのは、もうワコしかいないんだろ?」
男のいないアゲマキ家は、ワコが嫁に行ってしまったら途絶える運命にある。
養子を組むとか、親戚に引き渡すとか、方法は色々聞いていたが。
アゲマキの家に誇りを持っている。
本当はワコが家を守りたいと思っていることを知っていた。
「そのために・・?」
「もう無理があるんだよ、呪いだか天罰だか知らないけど。アゲマキの家が続かないのに、それに頼ってるシンドウの家にも、未来なんてない。」
スガタは真意を答えず微笑み返した。
「だからもう気にするな。」
ワコは言葉を失って、歓喜余って両の手で顔を抑えた。
「すごいな・・・スガタくん!」
祈る見たいに手を胸の前で合わせて、少し涙ぐんだワコが微笑んだ。
「私にも目標ができた!」
阿吽の狛犬の間で、三人はそれぞれの夢を手に入れた。
まるで神様に決意表明するように。
今日の日のことを忘れないだろう。
三人は何も変わらない、元通りの日々を手に入れた。
けれど明日からの日々は、これまでと全く違う日々になる。
何も変わらないことを、自ら勝ち取った日々だから。
そして何より自分に、正直でいられる日々だから。
こんなに素晴らしい日はない。
タクトに本当のことが言えた。
未来を信じることができた。
それら全て守れた。
勝ち取ったと。
思っていた。
2月も終わる頃の南十字島は、もうすっかり春めいていた。
桜はすでに葉桜で、風が吹けば吹雪のようで幻想的だ。
「ワコ、もう泣くな。」
小学校の横を通りすぎながら、桜を見上げてスガタが呟いた。
「ずっ、ぐす。ごめ・・・っず・・。」
ワコは何度もすすりあげながら、必死にその涙を拭った。
「ごめんね、私・・・。私一人が寂しいんじゃない・・・のに。」
タクトがワコの肩をさすりながら、少し悲しそうに優しく微笑んだ。
「ありがとう、ワコ。でも一年だけだから。」
毎年この時期の三人は、少し遠回りをして桜を眺めて帰るのが日課だった。
なのにワコはちっとも、顔が上げられないでいる。
タクトは、進学することができなかったのだ。
奨学生申し込みができなかった。
運悪く、後見人手続きの最中に、学校側が採用人数を満たしてしまった。
最初から担任に、計画の一端を相談しておけば良かったと、スガタは深く後悔した。
タクトは在学生なのだから、採用人数を増してくれないのか役員に相談もしてみた。
けれど学園側は、毎年採用数のキャパシティを超えて、経営している状態なのだと知らされた。
「三年生になったら戻ってくるよ!スガタのお父さんが協力してくれるんだからさ!」
「うん・・・ぐずっ・・・・わかってる。」
だけど寂しいよ!一年だって離れたくないよ!ワコはそう叫びたい気持ちを飲み込んだ。
寂しいのは二人も同じはずだ。
貴重な高校生活を、一年も共に過ごせない。
そう思うとやるせなくて、ワコはもうしばらく泣き止むことができないと自覚していた。
「ぐすん。ごめんねタッくん。今日一日泣いたら、元に戻るから。・・・ぐすん。」
「一日も泣くの!?」
幼い子供のように両目に手の甲をあてがえて、ワコが縦に首を振った。
そんなワコをタクトは、頭を撫でてなだめた。
「一日中なんて泣かないで?帰って甘いものでも食べなよ。」
タクトが言うとワコは、上目遣いにタクトを見上げた。
「甘いもの食べたら元気でるよ。」
タクトが笑うと、確かにそうかも。とワコは少し気持ちが明るくなった。
「ありがとうタッくん。」
元気を出さなきゃ。
そう思う頃自宅の鳥居がすぐ側だった。
「あとでタッくん家行ってい?」
別れ際にワコが聞いた。
「いいよ。」
「スガタくんも来れる?お夕飯作って持ってこうと思うんだけど。」
「やった!」
「うん、行けるよ。夜は危ないから、迎えに行くよ。」
「じゃあ三人分作っておくね!」
散々泣いてしまったお詫びに、今日は二人に美味しい物を食べてもらおうとワコは思った。
ご飯を食べたらきっと二人も、表に見せない寂しさを忘れられるだろうから。
「よぉし!そうと決まればまた後で!」
じゃあね!と手を振って、ワコが石段を駆け上った。
ご飯なんて頂かずとも、ワコの笑った顔はタクトに充分元気をくれた。
十代の一年間がどれだけ貴重で大きなものか、渦中のタクトにはまだ分からない。
だけどタクトは晴れやかだった。
「行こうか。」
「ああ。」
二人は海岸線へと歩き出した。
「雲きれえだなあ。」
タクトが嬉しそうに言うので、スガタもそれを見上げた。
春の夕暮れに雲は桃色に染まっている。
高級住宅地を超えた公園の、見事な桜並木が、離れた場所からも圧巻だ。
海に吸い込まれるように、桜が舞い散っていた。
「寄り道する?」
「いいよ。」
タクトが笑って振り向いた。
海からの風が暖かい。
今日は西日が強くない。
淡いピンク色に染まって、空の水色とキレイにコントラストを作っている。
「猫どうしようかな。」
まるでそれだけが心残りみたいに。
「ぼくがなくてもやってけるだろうけど。突然いなくなったら寂しいだろうな。」
「連れて行ったら?」
「そうも思うんだけど!野良だからさ〜。逆にそれも迷惑かも。」
まるで猫の話とは思えない口ぶりに、大切にしているのがよく分かる。
一人で暮らすようになって、その寂しさを忘れさせてくれた大事な友達なのだろう。
「連れて行こうかな・・それで嫌がったら置いて行こうかな。」
作品名:スターゲイザー/タウバーンのない世界 作家名:らむめ