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おもいで

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 俺が彼にひかれていたのはきっとその姿勢だ。高みを目指す、そのことの意味を俺は知りたい。俺がそう言うと彼は背を向けた。
「明日も……見に来るのか?」
「迷惑じゃないんならな」
 顔が見えないまま問いかけられ、俺は柄にもなく控え目な返答をした。
「……目ざわりだったらとっくに追い出してる」
 そう言ってそのまま彼は寝床にしているのであろう大木の洞穴へと向かった。
「明日も来るからなぁ!」
 夕日の中、彼が微かに頷いた、気がした。

 さらに数日が過ぎた。もうやつらはなにも言わない。きっと父王からほうっておけ、とでも手紙なり伝言なりされたのだろう。
 今日も父王は来なかった。屋敷の中からおやつ代わりに食べようと果実を持ち出そうとしあとき、振り向くと“ゴガクユウ”のあいつがいた。
「また、どこかに行くんですか?」
「俺の勝手だろう」
「そうですけど」
 そいつは下唇をかみしめうつむく。
「そうですけど……」
 口ごもるそいつに俺はふん、と鼻を鳴らし果実を抱えるとそいつを置き去りにして出て行った。


 いつもの場所に彼がいた。こちらに気づいたようで声をかけてきた。
「ディ」


 こんなことがあった。
「お前、名前は?」
 そのころには結構いろいろと打ち解けてきた、と思ってたので普通に尋ねたが彼は黙ってしまった。
「え、っと」
 聞いちゃまずかったかと思い、声を出すと彼は
「お前は、どうなんだ?」
 と言った。一瞬詰まる。はたして本名を言うべきかどうか……。自分の身分を明かすことでせっかく築いてきた関係が崩れてしまうのは嫌だった。
「俺は、ディ、だ」
「そうか」
 と言い、彼は目を閉じた。
「私は、自分の名前を知らない、呼ばれたことがないんだ」
「記憶喪失ってやつか?」
 ひとはひとりでは生きていけない。だからきっと呼ばれたことはあるのだろうがそれを忘れてしまったに違いない、と思いそう口にした。
「分からない。だけど、私はこれからつかんでいくだけだ、何かを」
 何もないからこそ、手に入れるために。
「そのために今できることをやりたいんだ」
 その言葉の後、彼はまた木刀をつかみ修行を再開した。


 俺は果実をほおばる。舌の上に甘みが広がる。彼も隣で口にしている。手に取ったとき、普段食べ慣れないのかしげしげとしばらく眺めてはいたが。
「この先の洞窟に、」
 彼がぽつりと言った。
「うん?」
「特別な“剣”があるらしい」
「特別な“剣”……宝剣ギャラクシアのことか」
 剣の名前を言ったとき、少し失言したかと思った。このあたりに住む者は仮に剣の存在知っていても名前は知らない。
 その剣の名を示したものは王族にしか読むことのできない書物の中にある。身元がばれたか、と焦った。
 俺自身その剣の存在と名前しか知らない。……あまり伝説や伝承には興味を持っていないのだ。
「私はその剣を手に入れるため、その洞窟に向かおうと思う」
 どうやら名前をなぜ知っているのかは突っ込まれなかったようだ。ほっと息をつく。冷静に考えて王族にしか読めない書物なのだ。王族でないものがその書物の存在を知っているわけがない。
「そうか」
「……お前も一緒に行かないか?」
「え?」
「見届けてほしいんだ。私が力を手に入れるところを」
 その目の輝きに俺は頷き、彼の手を取った。




――その剣、主を選び、力無きものを拒絶する。剣の名はギャラクシア、宝剣ギャラクシア――
                         王宮の書庫に収められし一冊の本より抜粋


 この洞窟には宝剣ギャラクシアがあると昔聞いたことがある、……父王から。決して近づいてはならないとも言われたがなぜなのかは知らない。
 だがわくわくしていた。ちょっとした冒険だ。彼の話によると、彼は旅をしてきてそしてここに眠る剣の話を聞き、手に入れたいと思ったそうだ。

「何で俺を誘ったんだ?」
 素朴な疑問だった。そこに置かれてから誰も手に入れたことのない剣――伝承が本当であるならば――それを手に入れようとしたものはいるはず、それが叶えられていないのはすなわち何らかの障害があるのだ。
 それを乗り越えるために彼は一人修行をつんできたのだろう。世にも恐ろしい怪物がその剣の守護をしているとか、そこに行きつくまでの道に何らかのトラップがあるのか…。
 しかし武術はからっきし(まぁ勉学も真面目に取り組んでいないのだが)の俺がいたら足手まといではないのか? そう問いかけると、
「・・・だった、から」
「ん?」
 モゴモゴっと彼はつぶやいた。
「初めてだったから、手ばなしで称賛してもらえたのは」
 奇異の目で見られることはあっても、純粋な声援はなかった。あきれるほど平和なこの国で修行を続ける姿は理解できなかったのだろう、と彼は語った。
「うれしかった、みとめて、もらえた、気がして」
 彼の顔が少し赤みがかっているのは手に持った松明のせいか、それとも……。
「ったりめーだろ、友達なんだからよ!」
 がば、っと背中をたたく。
「ともだち…だからか、そばにいてほしいと思ったのは」
 俺に向けての言葉、と言うより自分の言葉を整理するため口にしたようだったので黙って聞いていた。
「ほんとは自信がなかった。けど、お前の言葉が背中を押してくれた。だから来てほしいと思った。…迷惑だったか?」
「いや、そんなことない! 全然! …そんなふうに思ってくれてうれしいさ」
 ぶんぶん、と首を振った。横にも縦にも。だが、ずきっと胸が痛んだ。自分は友達を騙していることに気がついたからだ。ほんとは、ディなんてやつはいないのに……。
「あのさ、俺…」
「どこぞのやんごとなきご身分の方だってことならいわなくてもいい」
「!」
 彼は目だけこちらを向けていった。
「なんで、分かった?」
「このあたりにすんでるやつはもう見あきたらしく誰も来なくなったのに、見たことのない奴が来るようになった。
 ちょうど王族がこっちにお忍びできてると噂がながられた時期に、だ」
 歩む足は止めずにとうとうと話を続ける。
「差し入れの果実はなかなか高級そうな代物だったし、誰に聞いても知らなかった宝剣の名も“なぜか”知っていた」
……だから特別な存在、王族であろうと分かった、と言った。
「うそついて悪かった」
「気にしてない。本名だろうと偽名だろうと私と出会ったお前はお前だ」
 背中を押してくれたのは、そう言うと彼は振り返りしっかりと目を合わせた。
「名前云々言うのであれば私のほうこそ、だ。お前に語る名すら持っていない……だからこそ私は伝説の剣を欲しているのかもな」
 それは自分を表す象徴<シンボル>のように。
 そんなさびしそうな横顔に声を詰まらせた。自分を支える“何か”がどれだけ人に必要なのか思い知らされる。
 無理やり叩き込まれた言葉が頭の中に回りだす。アイデンティティ……。自分が自分であるということ。
 難しいことなんてない。自分に認められたいんだ、自分が自分であることを。そして誰かに認めてもらいたいんだ、自分が自分であることを。
 俺は“王子”なんて生き物じゃない。俺は“俺”なんだ、と。だからこそ逃げ出した。
作品名:おもいで 作家名:まなみ