おもいで
……だからひかれたんだ、自分自身を証明するために努力するこいつに!俺のように逃げるのではなく、立ち向かうために高みを目指すこいつに俺は憧れたんだ。
「強いな、お前は」
俺がへらりと笑った。羨ましいや。明確な目標を持ってるこいつが。
「違うな。強くなければ私は私を支えられない。だから今私は強くなりたいのだ」
高みを目指す剣士……いやその誇りにふさわしいのは……
「ナイト」
「え?」
「まるで騎士だな」
その魂は、そういうと彼は目を大きく開き顔を赤くした。
「この、幼い顔が、騎士なものか!」
ぷいっとまるい背を向け、再び歩みだした。怒らせた、か? そう思い謝ろうとしたとき、
「けど、目指すのは自由だな」
「……ああ、“高みを目指す騎士”にお前はなれる。そういやぁなんて言ったかあなぁ……」
ぶつぶつと言葉をつぶやき俺は記憶を探る。[高み]にふさわしい言葉を。
「そうだ! メタだ! エム・イー・ティー・エー。META」
「“高みを目指す騎士”、メタナイト……か悪くないな」
ふっと笑う気配がした。
「だろ」
俺はにぃっと口の端をあげた。
「もしも、お前が……」
彼が何かを言いかけた。
「ん?」
「いや、やっぱりなんでもない。それよりも、あそこを!」
彼の指さす先に目を向ける。ぼんやりと明るい、だかそれは外の明るさとはまた違う独特の光であった。
「あの場所にギャラクシアがあるんじゃないか!?」
興奮する俺たちは顔を見合わせ駆け出し、その光の差し込む空間へと向かった。
「すっげぇ!」
そこには黄金に輝き、柄に赤い宝石のおさまった剣があった。
七支刀(ななつさやのたち)の形状のその宝剣は鞘もなく無防備に地面に突き刺されており、その刀身をさらしていた。
「……? どうした?」
この場にたどりつき、目的の剣を前にして彼が何も言わないのを不審に思い俺は振り返る。丸い瞳を大きく見開き彼は震えていた。
「一体どうしたんだよ。そこに剣があるし、見たところ怪物とかもいないみたいだ」
しかし彼は動かなかった。無言のまま剣を凝視している。無視かよ、と鼻白み俺は鎮座する剣へと向かった。
「ほら、なんも罠なんかもないみたいだし、あとは抜くだけ……」
手を伸ばす。
「それに触るな!」
鋭い彼の声が飛ぶがすでに俺の手は柄を握っていて、そして直後鋭い衝撃が駆け巡り意識を俺は失った。
「…ぃ」
誰かの声が聞こえる。俺はゆっくりと目を開ける。
「王子ぃ」
「ポ、ピー」
かすれた声で学友、兼お目付役であるそいつの名前を呼んだ。
「お、王子!」
ポピーはがばっとしがみついてくる、ボロボロと涙をこぼしながら。
「ここは?」
状況が分からない。やわらかいベッド、シックな壁紙……別荘の自分の部屋だ。気を失う直前の冷たい地面の感覚を思い出す。
「そうだ、俺はあのとき、ッ」
起き上がろうとしたときに手のひらに激痛が走った。赤く焼けた両手を見る。あのとき体を走った稲妻に焼かれた手のひらだ。人知れずたたずんでいたあの剣に軽々しく触れた、罰だ。
「バカ息子が」
低い声が聞こえた。
「父上…」
「陛下!」
慌ててポピーが離れ膝まづく。そんなポピーには目もくれず父上は俺を見下ろす。
「近づくな、といっただろう。アレは並の人間が扱える代物じゃあない」
冷ややかな声に目もあわすことができない。きっと目も同じように凍えるような光を宿しているに違いない。
「ポピーが見つけなければここにお前はいなかったかもしれない」
「ポピーが?」
『彼』が、なら分かる。だがなぜポピーが俺を見つけられたのだ? かしこまったままのポピーに顔を向ける。まだあいつは恐縮したままの恰好である。
「王子の後をつけていました、あの日」
消え入りそうな声でポピーがつぶやいた。
『また、どこかに行くんですか?』、『そうですけど』、『そうですけど……』
さびしげな目を思い出しとがめる気にはならなかった。
「ゆっくりと養生することだ」
そう言って父王は部屋を出た。戸を閉める音とともに空気が緩む。『彼』のことを聞こうと口を開いたが、
「王子……」
ポピーがごそごそと何かを取り出した。
「これは?」
緑色の怪しげなどろりとした薬を取り出した。
「野草で作った薬……だそうです」
押しつけるように渡すと帽子を押さえ出て行ってしまった。重く閉められた扉を見つめた。
幾度も日が沈み、また昇るものの宝剣の傷はいつもみたいにドリンクやトマトによってあっという間に回復しない。
目覚めてから数日たってもベッドの上に縛りつけられるように身動きを禁止された俺は火傷をしたような手のひらを見つめた。動かすこともままならない。
……彼はどうしているのだろうか? 宝剣ギャラクシアは? 薬を塗っているポピーにいくつも尋ねたが彼は答えてはくれなかった。おそらく口止めされているのであろう。
「なぁ、この薬ってどうしたんだ?」
拒絶ばかりしていると相手はは返答を避ける。だが返答できる問いを重ねることで答えやすくする、という作戦を行おうとした。うまくいけばいい、程度の軽い気持ちだったが、表情は見る見るうちに青ざめていった。
「あいつと何か関係があるのか?」
ビクりと震える。
「答えろ! ポピー!」
しばらく見つめあいの応酬があったがとうとう認めた。
「そうです、この薬草は彼から預かったものです」
陛下が侘びとして彼に探して持ってくるようにおっしゃったのです、その言葉を聞きベッドから飛び降りようとする。
「お、王子!」
「止めるな、ポピー! 俺はあいつに言わなければならないんだ! あいつに…!」
「言ってどうする?」
けして怒鳴っているわけではないが鋭い声で父王は問うた。扉が開き父王が歩み寄る。現れた主君にポピーが臣下の礼をとり頭を下げる。
「『お前のせいではない』といって彼が、彼の罪悪感から解放されると思うか」
思わない。友に傷を、おそらくは一生消えない負わせたのだ。(あいつのせいじゃなく俺がいけないのだが)
だが彼はきっと己を攻め続ける。悪いのは先走った俺なのに。俺のほうこそ謝らなくてはならないのに。唇をかみしめる。己の無力さ、非力さがが情けない。
「お前がしてやれるのはわびの言葉なんかじゃない、気休めでもない。証明だ」
ぼすっとベッドの脇へと投げられた物体を見た。
「ナイフと板?」
ケースにしまわれた刃物と木の板を父上は指差した。
「これでお前の手が元通り動くと示してみろ」
「へ、陛下、そんな、ごむた、いな……」
顔を上げ反論しようとポピーが声を上げる、が父王の目線にその声は語尾がしぼんでいき、またうつむいた。ポピーに対しふん、と鼻を鳴らすと再びこちらを見た。
「やるか、やらないか、どっちだ?」
俺は返事の代わりにナイフをつかんだ。痛みが走る。力もうまく入らない。だが。
「父上、俺は必ずやり遂げて見せます。そしてもっと強くなる!
たとえ傷跡は癒えなくともこの手でどんなものでもつかんでみせる!」
力強く父王、いやいつか超えるべき男を見据えた。
「やってみろ」
そういうと父上は出て行った。
「お、王子……」