おもいで
「悪い、ポピーしばらく一人にしてくれないか」
声をかけてきたポピーにそう告げる。
「心配かけて悪い、けどこのままじゃいけないんだ、このまま何もしないまま終わっちゃいけないんだよ」
なるべく優しく言う。
ポピーはしばらく口を開きかけたり、また閉ざしたりを繰り返していたが、
「無茶はしないでください」
と一言ポピーは言って退出した。独りになって俺は目を閉じそして開き、ゆっくりと木の板にナイフを当てた。
ゆっくりと彼の事を思い出しながら刃をあて、削り取る。
彼の振る舞いは騎士だ。高みを目指す、騎士。幼い顔にコンプレックスを抱いていた彼。ならば彼の内面にふさわしい顔をせめて示してやりたいと思う。俺から見た騎士の顔を。
そしてここで過ごせる今年最後の日がやってくる。
「ここか、ポピー?」
「ええ、そうです。ここで薬草の受け渡しをしていました。」
まだ火傷のあとは消えない(主治医によるとこれ以上は治らないらしい)がそれを隠すため黄色い手袋をつけた。
ポピーに連れられて外に出る。ここでポピーたちは会っていたらしい。
いつもより落ちあう時間より早く来ている。さすがにまだ来ていないようだった。けれどここに彼は確実にくる。だから、
「ここに置いておこう」
「直接渡さないのですか?」
そのポピーの言葉に頷く。
「父上の言うとおり俺はあいつになんも言ってやれない」
せめて思いを託したこの仮面から思いを受け取ってほしいのだ。勝手ではあるけれど。そして、できることならまたどこかで会えますように。
そうこうしているうち家来たちが荷物をまとめ終わったらしい。ぞろぞろと行列を作っているのが遠くに見えた。俺は振り返らずにそこへ向かった。
――できることならまたどこかで会えますように――。
翼が夕暮れの空気を切り裂いてゆく。目的の場所が見えた。一瞬迷うがそのまま降りたたず、だがゆっくりと下降した。デデデ城の城門ではなく上階にあるバルコニーへと着地する。
物音がしたのだろう、その部屋の主、デデデ大王が窓をがらりと開けた。本来なら(自称とはいえ)大王の私室の前に直接訪れるのは不躾であろう。だがデデデ大王は一切とがめることなくメタナイトを招き入れた。
「久しぶりだな、ディ」
「ああ、久しぶりだな」
そう言ってかつて幼かった子供たちは酒と肴の用意されたテーブルに着き、ほほ笑んだ。
――できることならまたどこかで会えますように――。
グラスと瓶を取るとそれぞれ手酌で満たす。メタナイトは仮面をずらし透明な液体でのどを潤す。
「ずっと、迷っていた」
メタナイトはぽつりとつぶやいた。
「ディとしてお前を受け入れたら私は“あの日”の自分の非力さをもう一度突き付けられることになる」
目を閉じる。圧倒的な宝剣の持つ威圧感に立ちすくんだあのときのちっぽけな己を回想する。デデデ大王は何も言わず聞いていた。
メタナイトの言葉はただ“かつての友”に向けられた言葉ではない。これはきっと決別なのだ、弱さを切り捨てただ強さだけを求めてきたかつての自分自身との。
それが分かっているのであろうから彼は聞き役に徹しているのだろう。メタナイトは続ける。
「ポピー殿と一緒にお前を先王のもとに連れて行ったときかけられた言葉は、今にして思えば慈愛にあふれていたよ」
お前にとって先王を引き合いに出されることが不快であるのは承知だ、と付け加える。
先代の王、つまりデデデの父親は公務にかかりきりで息子とは不仲であったものの、王としての威厳や貫禄があった人物ではあった。がどこかその周り、そして身分を離れての自分自身を押さえつけているようであった。
もっともなくなってしまった今となっては知るすべなどないのであるが。
「無力さに打ちひしがれていた私にやるべきことと希望を与えてくれた」
「希望?」
メタナイトの漠然とした言葉にデデデ大王が問い直す。やるべきこと、それは薬草を持ってこさせる、ということだろう。
何かの力になれること、誰かのために動くこと、それは罪悪感をほんのわずかでかもしれないが薄める。
「先王は言った。『あの剣は最初からあの地においていたのではない』と」
「絶大な力があるからこそあの場に隠してあった。それも分からなかった愚か者、ってことじゃねぇのか?」
デデデ大王は父親の発言をそう解釈する。
「表の意味はそうだ、だが裏を返せば“誰かがそこに置いた”のだ」
ならばいつか自分だって可能性はある。持ち主となれる確率は零じゃぁない。そういうとデデデ大王目を見た。
「けれどなによりも私を支えたのはお前だよ、ディ。前が私に騎士としての名前を、可能性を示してくれたから」
だからこうして今ここにいられるのだ、と語った。そして間を取ったあと口を開く。
「ありがとう」
まっすぐな曇りのない声だった。
「よせやい! 照れるじゃねぇか」
デデデ大王はグラスの残りを一気にあおる。
「顔が赤いな」
「酒のせいだ」
メタナイトのからかいに目線をそらしそう言うが、再び目を合わせたとき思わずふたりとも噴き出した。
「お前はどうなんだ? 戴冠式も済ませていない“自称”大王さま」
喉をまだ鳴らしつつもメタナイトは助け舟なのか話題を変えてやる。いやもっともそれは泥船であるかもしれないのだが……。
デデデ大王がれっきとした王族であるのに“自称”と言われているのはひとえに正式に王位を継いだわけではないからである。
とはいっても先王から絶縁されたわけでも、廃嫡されたわけでもない。だからこうして冗談めかして尋ねているのである。
「うん?」
デデデ大王はとっさにそう言われたため反応できずに首をかしげた。
「ディとしての名前で呼びだしたのだからお前も何か私に言いたいことがあるのだろうと思ってな」
「まさしくそのことだ。戴冠の儀、正確に言えば王位の継承をどうするかだ」
真面目な顔で続けた。ここはまさしく王の部屋である。代々受け継がれてきた家具たちがその歴史を誇示している。
いくら我儘で身勝手と呼ばれるデデデ大王であってもその一存でそれらのものを全て撤去するわけにはいかなかったのである。そんななか真新しいものが一つあった。
「答えならもう出てるじゃないか」
そう言ってメタナイトは背後にかけられたその写真を指差す。たくさんの笑顔の部下に囲まれているデデデ大王のうれしそうな顔がそこにあった。
「先王は確かに優れた王であっただろう。けれど幸福ではなかったのかもしれない」
デデデ大王はその言葉に父王の姿を回想する。父王は父王その人にはもちろんにも他者にも厳しかった。王としての役目を果たしてはいたが、笑顔を見ることはあまりなかった。
そのため多くの部下たちは畏敬の念で持って先王につかえていた。だからデデデ大王はまず自分が幸せであることを第一にした。自分が笑っていなければ皆が笑えないから。皆に笑顔でいてほしいから自分の喜びを追うのだ。
今の自分では王冠の重さに耐えきれない。それならいっそ“自称”のままでもいいのだろう。のんきなプププランドでは大王の位なんてとても些細なこと。
「そうだな! 悩むのなんかあほらしいな」