家庭教師情報屋折原臨也6-2
静雄は店番をしていた格好のまま、待ち合わせに指定した場所に立っていた。
ちなみに、待ち合わせ時間から十分ほど過ぎている。
――― 何かあったのか?
そう思って携帯を開けてみるが何も連絡はない。以前待ち合わせした時は五分前には来たので、不思議に思った。
メールを送るか。そう思って新規作成のアイコンを押したときだった。不意に肩をぽんと叩かれた。
「や、遅くなってごめん」
「……何があったんだよ」
臨也の頭にはお面、手には焼き鳥やら団子やら、腕には用途の不明な花の首飾りが引っかかっていた。それを見て、静雄は脱力した。
「いやぁ、ここに来る途中外の出店の前通って来たらさ、何かいろいろ貰っちゃって」
どうぞと言わんばかりに差し出された団子に手を伸ばすかどうか考えたが、一応受け取ることにした。口に入れると程よく温かく、なかなか良い市販品を出しているなと静雄は思った。臨也も手元に残った焼き鳥を口に入れ、残った棒を近くに置いてあったごみ箱に捨てた。
「これ邪魔だよね」
そう言って、臨也はコートの内ポケットからナイロン製の折り畳みバッグを取り出して開き、その中にお面や首飾りを放り込んだ。
「どこかで回収とかしてないかな」
「してないだろ、普通」
静雄は呆れながら言った。臨也は「仕方ないから持って帰るか」と肩をすくめてその横に並んだ。
人の波は午前中よりかなり減った。廊下を歩く人も場所によってはまばらになり、暇を持て余す生徒も見かけた。
「どこか回りたい所とかある?」
「えっと」
鞄からパンフレットを取り出し、ざっと全クラスの出し物を静雄は見た。昼食を摂ったばかりなので飲食系はパスしたい。ダンスや劇もいいが、生憎と休憩時間だった。舞台発表は途中鑑賞になるが、特別興味が引かれるものがなかった。そもそもまともに参加することが初めてだったため、どうも文化祭の空気についていけなかった。
「無いなら一年五組に行ってもいい?」
「あぁ、妹のところか」
「行かないわけにはいかないからね」
行かなかったら行かなかったで、あとがうるさいし。
その言葉は飲み込み、頭の中に残っている地図に従って歩き出した。
「一年五組って向こうの棟だよね?」
「いや、この上」
「あれ?」
臨也は足を止め、自分と反対側へと歩き出した静雄を追った。
「変わったんだ」
「耐震工事で教室が移動してるんだ」
階段を上がり多目的室の前に差し掛かったところで、ふと臨也は足を止めた。それに気付いた静雄も足を止めた。
「折原さん?」
臨也は教室の中で腕を組みながら立っている男に目を向けていた。その表情はどこか楽しそうで、嬉しそうでもあった。
「ちょっと知り合いがいてさ」
「……」
静雄もそちらの方を見た。すると男はこちらに気が付いた。ごくわずかに目を見開き、そして軽く手を挙げた。臨也も返すように手を軽く上げ、静雄は頭を軽く下げてそこから去った。
そして二人は一年五組に来た。ここもなかなかの賑わいを見せており、列こそないが教室内は外来の人々でいっぱいだった。
そんな教室の様子を廊下から見ていると宣伝係の女子が飛んできた。九瑠璃と舞流であった。
「イザ兄!静雄さん!」
「来……嬉……」
二人は手にしていた看板を壁に立てかけると、そのまま臨也の左右に回り逃がさないと言わんばかりに腕を絡めとった。一瞬で不機嫌な表情になりながらも振りほどこうとしない臨也を見て、静雄は苦笑した。
「久しぶりだな。夏休み以来か」
「そうだね~学校じゃ階が違うからめったに会わないし」
「憧……良……」
九瑠璃は静雄の格好を上から下へと見て言った。
「あー、出し物の格好だ。午後も一応仕事があるからな」
その言葉に臨也は首をかしげた。
「あれ?昼の後暇って言ってなかった?」
「仕事がないとは言ってないだろ。二時には戻る」
静雄は舞流を見た。
「ところで、お前らの出し物ってなんだ?」
「クイズゲームだよ。ほら、今結構クイズ番組多いでしょ?あと問題を考えるのも楽しいかなって思ってさ。あ、もちろんレベル別で簡単なのもあるんだけどね」
「例……試……」
九瑠璃と舞流は自分たちの看板を静雄に見せた。そこには丁度例題が載っており、一読した限り問題は確かに面白いものであった。
「やってみるか」
「本当!」
満面の笑みを浮かべた舞流は教室に一度走り、エントリーシートを持ってきた。静雄はそれを受け取ると自分の名前を枠内に書いた。そしてそれを舞流に返すと、九瑠璃はそこに「折原臨也」と書き足した。
「じゃ、二名様エントリー!」
「俺はやらないよ」
「駄目だよイザ兄。原則二人一組なんだから」
「原則なら例外があってもいいだろ。俺は後ろか「これお願いね」
臨也の意見を総無視して、舞流はそのままエントリーシートを受付に持って行った。
「……聞けよ」
「別にいいだろ」
静雄は携帯で時間を確認した。九瑠璃に聞いた限り個人差はあるが大体二十分ぐらいで終わるようだ。ここに行って、あと近くを見て丁度終わるだろう。
臨也は肩をすくめ、短く息を吐いた。
「仕方ないなぁ」
しかしその顔は仕方ないとは言っていなかった。
作品名:家庭教師情報屋折原臨也6-2 作家名:獅子エリ