家庭教師情報屋折原臨也6-2
受付で臨也と静雄は簡単なルール説明を聞いた。
問題は第一コーナー、第二コーナー、最終コーナーの三部構成で、難易度が順に上がっていく。全部で三十五問あり、その正答数によって順位が決まる。また各コーナーの解答に関してはそれぞれにルールがあるのでそれに従えというものだった。
成績表と書かれた紙を受け取ると、二人は床にビニールテープで書かれた矢印に沿って机と天井から下がっている布で区切られた一画、第一コーナーに入った。
第一コーナーは漢字の読み書きだった。紙が二枚、白紙の面を上にして各机においてあった。
「第一コーナーでは漢字の読み書きを十問やっていただきます」
「なんだ、簡単じゃないか」
臨也はコートを脱いで椅子に座り、溜息をついた。
「そんなことないですよ?制限時間つきですから」
それを聞いた瞬間、静雄は柄にもなく緊張した。鉛筆を受け取ると、落ち着かせるために小さく深呼吸をした。
「制限時間は三分です。あと、必ず楷書、読める字で書いてください。……それでは、スタート!」
その掛け声に従い、臨也と静雄はほぼ同時に紙を返した。そしてすぐに鉛筆を走らせた。
――― “輪郭”“東屋”“ないがしろ”……たしか“蔑”を使ったな。送り仮名は“ろ”だけだ。“直衣”はたしか“のうし”って読んだな。で、次は“洋才”で…… ―――
――― 最初の方は三級以下のレベルか……“冬至”、“暁”、“きく”、“つれづれぐさ”っと。“魚籠”は、そうだ“びく”だったな…で、“しじま”?あぁ、“静寂”か。 ―――
――― “ほととぎす”?“不如帰”あたりだったっけな。“”“” ―――
――― “百日紅”、“労咳”、“どら”……何だ?この変わった問題。“プロイセン”って“普魯西”だったかな ―――
臨也は鉛筆を置いた。まだ時間はわずかに残っているようで、ざっと見直した。
――― は?“ローマ”?!何だったけ…ローマ、ローマ……“羅馬”か「そこまで」
その声で二人は鉛筆を置いた。そして紙を学生に渡した。ストップウォッチを持っていたもう一人と一緒に、赤ペンで採点を始めた。
ややしばらくして手は止まった。二人の解答に間違いはなかった。学生は成績表にそのまま赤ペンで二箇所に10と書き、それを解答用紙と一緒に静雄に渡した。
スペースから出て、臨也は二枚の漢字の問題を改めて見た。後半は学生向けと言うより、社会人向けの問題だった。そもそも学生の内に知る国名の漢字表記は一字表記が多いだろう。
ふと静雄の解答用紙の最後を見て、臨也は驚いた。“羅馬”。パソコンでは一発変換できるが、書くのはめったにないことだ。
「よくローマなんて漢字書けたね」
「勘」
「勘か」
どう見ても勘で書ける字ではないだろう。改めて、なぜ家庭教師を受けているのかと臨也は疑問に思った。
第二コーナーはジャンル選択制の問題で、文学・歴史・科学の三つから一つを選択するものだった。隣で一足先に問題を受けている学生はどうやら静雄と同じ受験生のようだった。歴史のジャンルを選択し、人名はともかく年号を聞かれ非常に悩んでいた。
――― 応仁・文明の乱は1467年からだよ
声には出さず、臨也は心中で言った。そして意識を静雄の方に戻した。
「受験の確認でもやってみたら?」
俺は見てるから。静雄も同意し、簡単な説明の書かれた紙を見ながらしばし悩んだ。
「そうだな……じゃあ文学で」
「文学ですね」
出題役の生徒は静雄から成績表を受け取ると、机の中から道具箱の箱を取り出した。そこには封筒がたくさんあり、すべて封がしてあった。その中から静雄は一つ引き、出題者役の生徒に渡した。彼女はそれを鋏で封を開け、紙が五枚入っているのを確認した。
「では、始めます」
なかなかに凛とした声で言われ、静雄は姿勢を少しただした。
「第一問目。プロレタリア文学で有名な徳永直の作品は何でしょう?」
「太陽のない街」
「第二問目。芥川賞、直木賞を設置したのは誰ですか?」
「菊池寛」
何だ、漢字より簡単じゃないか。静雄は答えながら思った。
「第三問目。源氏物語に至るまでに書かれた奇伝小説および歌物語は何ですか?」
「奇伝小説が竹取物語、宇津保物語、落窪物語。歌物語が伊勢物語、大和物語、平中物語」
「第四問目。森鴎外の作品を三つ答えてください」
「『舞姫』、『高瀬舟』、………あー、っと『阿部一族』」
一瞬答えが頭から消えかけた。静雄はこれが受験本番だったら最悪だな、と苦笑した。
そして第五問目も難なく答えて解答を終えると、臨也は手を叩いた。
「全問正解。さすが静雄君」
「そりゃあな。出来てなかったらまた家で覚え直しだ」
静雄も自信があるようで、正した姿勢を崩して結果を待った。
結果は無論全問正解。受験生には易しい問題だったが、文学というジャンルも暗記分野なので触れなければ全く分からなかっただろう。
そして二人は最後のスペースに進んだ。
最終コーナーは難問ぞろいの問題のようで、「現在の最高スコア」と書かれた小さなホワイトボードには「一問」と書いてあった。恐らく勘か、偶然知っていた問題だったのか。とにかく難しいことが何となくうかがえた。
隣の進行状況を見ると、解答する側もだが出題役の学生までもが問題を見て初めて知ったという顔をしていた。問題を作ったのはいったい誰なのか。静雄は気になった。ネットであら捜ししたのか、図書館でその手の本をかき集めて作ったのか。どちらにしろなかなか面倒な作業であることに変わりはない。正答数の低さが彼らの目論見なら成功して喜ばしいことだろう。
ふと、臨也はあることを思いついた。
「静雄君、ここは俺にやらせてくれないかな?」
「え?」
突然の申し出に、静雄は驚いた。次いでさらに。
「あと全部正解できたら一つお願い聞いてくれないかな。俺の健闘をたたえて」
「いや、健闘って」
確かに前で解答している状況を見る限り完全解答というのは難しそうだった。しかし願いを聞くようなことでもないだろう。
「変なお願いじゃないから」
「?……まぁ、いいけど」
――― この人何を俺に聞いてもらおうなんて思ってるんだ?金持ってそうだし、頭いいし、外見も良いし、家も広いし……。
そう思うとそのお願いが少しだけ気になった。静雄からの了承を得た臨也はやる気が出たようで、鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌になっていた。
やがて自分たちの番が来た。臨也は座り、静雄はその後ろで立った。
「どうぞ座ってください」
「いや、俺答えないから」
「そうですか……?」
別に解答せずとも座ればいいのだが、静雄は後ろから臨也を見ることにした。出題役の生徒はノートを捲り、適当なページを開いた。
「最終コーナーは多岐にわたる問題を出します。問題は全部で十問。今のところ最多正解数は隣の人が出した五問です」
静雄は正解数を五つに伸ばしたらしい横の学生を見た。確か同じクラスで、この間の試験で最下位を取ったと友人に自慢していた学生だった。
「では始めます」
生徒は視線をノートに下ろし、読み上げた。
「第一問、マリの首都は?」
「バマコ」
「!」
作品名:家庭教師情報屋折原臨也6-2 作家名:獅子エリ