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空には青く、何もない

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もう何を信じたらいいのかという気持ちでため息をついて、俺は何度見ても点数が変わるわけではないテストに目を落とした。そうしていれば、柳さんを見なくてすむとも思った。
あの日の会話を、柳さんは忘れていないようだった。そして俺が忘れるわけも、なおさらなかった。俺たちの関係は前のような安心できるものではなかった。またどんなはずみで恐ろしい一面が顔を出すかわからない、どこかぴりぴりしたものだった。
けれど奇妙なことに、柳さんはあれ以来やけに俺にかまってくるようにもなっていた。気のせいかもしれないが、今までは俺がやや一方的に話しかけ、相手をしてもらうという感じだったのが、なんだか今では違ってきていて、俺はそれにも不安になった。
「赤也」
「……はい」
返事には一瞬の間が必要だったが、着替え終わった柳さんは気にしたふうなく近寄ってきて、ん、と手を差し出した。テストを渡しながら、俺は顔を下向け、年期の入った汚れ方をした床に合成のように浮いて見える柳さんの白いシューズを見つめていた。
「そう緊張するな、怒ったりはしない」
俯いたまま顔を上げない俺に柳さんは言ったけれど、そうじゃなかった。そうじゃないことをわかっていて、柳さんもわざと言っているのかもしれなかった。
俺はうつむいたまま動けなかった。どうしたらいいか分からなかった。ただ柳さんの視線を感じた。
柳さんは俺の顔を見つめた。柳さんは俺の体を見つめた。
「…………」
「…………」
どちらも無言のままだった。柳さんは俺の肩に触れ、少し迷うような間をおいてから頭を撫でた。俺は黙ったままじっとしていた。慰めている、というよりは、確かめている、ように俺は感じた。
こうして見て、触れることで、何かを覚えておこうとしている、ように。
テストは黙って返された。
そろそろ行くか、と促され、はい、と立ち上がって二人でコートへ向かう。もうみんながそれぞれに話したり柔軟をしたりしていた。
「弦一郎。精市」
一緒なのは部室を出てからの数秒くらいで、柳さんはすぐに部長と副部長のところに行ってしまう。二人も、当然のように互いの間に一歩の距離をあけ、その中に柳さんを入れて三人の輪を作った。
俺は少し離れたところでそれを見ていた。
柳さんは俺を赤也と名前で呼ぶ(まあ、俺はほとんどの先輩に名前で呼ばれてるけど)。そして、部長と副部長のことも名前で呼んだ。
俺はそれが少し不思議だなと思った。
誰とも本当に親しくならないような、一歩引いた感じが常にある柳さんに、名前呼びという仕草はなんだか子供っぽく、つまり、あまり似合わない、と感じたからだった。
相当仲いいんですか、と聞いた時に、部長はふふと笑った。それでおしまいだった。部長は答えたくないことも答えられないことも面倒なことも、割と笑って流す。俺は今回はどれだろうと思った。わからなかった。
「柳さん」
俺は呼んだ。柳さんはなんだと答えた。当たり前のように振り向いた。
俺がこの人を柳さんと呼ぶようになったのはいつからだっけ? 親しくなってからなような、呼んだから親しくなっていったような。
どっちかわからないということは、どっちでも同じ、ということなのかもしれない。違うのかもしれないけど。
「赤也?」
呼んだきり何もしない俺に、柳さんは不思議そうな顔をした。俺が今まさに彼の不思議さについて考えているだなんて思ってもいないように。
俺はそれをさらに不思議だなあと思った。何かが見えていないし、うまく噛み合わないような気がした。
気のせいかもしれなかった。気のせいならいいと思った。
「……や、なんでもないっす」
うまい誤魔化しかたが見つからなかったので、なかったことにしようとした俺に、柳さんは少し首をかしげた。見えているのかいないのか分からない目で俺をじっと見つめた。データをとっている、のかもしれなかった。
俺はなんだか自分でも分かっていないところまで彼に分かられてしまうような、そんなはずはないんだけどそんな気になって、首をすくめた。
遠くで丸井先輩と仁王先輩が、お互いの名前を呼んではなんでもなーいと言い合って笑っていた。


しばらく何事もなかった。
何も起こらなかったのに、俺はじわじわと追い詰められていくような息苦しさを感じていたし、柳さんもそうだろう。
何かを話したいのに、何を話せばいいのか分からなかった。一歩引いてしまえば、話すべきことなど何もない気がした。
今まで柳さん柳さんと懐いていたことが信じられなかった。俺は何を話していたんだろう。どんなことを聞いていたんだろう。いくら考えても思い出せず、思い出せるのはいくつかの、こんなふうに気まずくなってしまった原因になりそうな出来事だけだった。
俺はあまり柳さんに近寄らなくなった。嫌いになったわけではない。本当に、何を話せばいいのか分からなかっただけだ。何かうかつなことを言えば、また怒らせるかもしれない。不用意に近づけば、また見てはいけないものを見てしまうかもしれない。
そして互いに、どうしても埋まらない溝のような違和感を感じてしまうかもしれなかった。それに直面するのが嫌だった。
恐怖、というわけでもない、ささやかな忌避感で、俺は柳さんと距離を置いた。しかし柳さんは逆に、俺に近づいてこようとしていた。
どちらもが、間に流れる空気が変わってしまったと気づいていて、俺はそれを距離を置くことで見ないようにしようとしていて、柳さんは気づかないふりをすることで埋めようとしていた。二人ともが、へたくそな演技をしていた。
おかしいほどに柳さんは俺に怒ることがなくなった。普段なら、俺がミスをすれば即座に「赤也」と咎める声が飛んでくるのに、まるでたまたま調子が悪かったように、でなくば、そんなところは見てもいないというように、柳さんは何も言わなかった。それは俺の機嫌を取るといってもいいような優しさだった。
それは柳さんではなかった。少なくとも、俺の好きな彼ではなかった。
もっと冷たくていい。もっと厳しくていい。もっと自分勝手でいい。頭ごなしで感情的で偉そうで、自信に満ち溢れていていつも肩をそびやかすように俺を見下ろしていて、でも俺はそんな柳さんが好きだった。遠慮も手加減もなく俺に向き合ってくる人が好きだった。
なのに、なんでいまさら、なんで、そんなことをするんだ。
俺は腹立たしさを感じ、次には不安になった。柳さんの優しさは、危険な動物を檻の向こうから世話をするような腰の引けたやり方だった。
そして、俺は悲しくなった。いまさら俺とこの人の間に、そんな空気が流れるだなんて思っていなかった。
「あ……」
会いたくない相手や、会いたくないタイミングに限って顔を合わせてしまう、という法則は確実にあると思う。今日も部室のドアを開けたときには中に柳さんしかいなくて、俺は一瞬足を止める。
「……」
「……ようざいあッス」
作品名:空には青く、何もない 作家名:もりなが