人外化パラレル詰め合わせ
欠けた彼女と混濁した彼と 立春前夜【CP無し】
「しばらく留守にするので端末を預かって欲しいんです」
酷暑が長引き、あまりにも短かった秋が終わろうとする頃、彼はそう言ってきた。
『それは構わないが、帝人がパソコンを手放すなんてどうしたんだ?』
ない首を傾げる彼女にパソコンだけでなく、携帯電話まで渡しながら彼は答える。
「冬籠りです。ヘビって冬眠するでしょう、僕も寒いと動けなくなるので春まで眠ってしまうことにしてるんです」
人であることを捨てた山で、と。互助会の仕事に代理を立て、部屋を引き払い、知人に挨拶をして回る様子がまるでこれから死にに行く者のように思えてしまった。
『クリスマスや正月はどうするんだ。皆で鍋をしようって新羅と企画してたのに』
「クリスマスは欧米の祭事ですよね、随分と前から冬を諦めてるのでそもそも馴染みがないんです。正月は旧暦に一人酒でもしますよ」
『旧暦正月は立春だったな? なら正月はそれまで待つ、皆で祝おう。酒も用意しておくから』
だから絶対に帰って来い、パソコンもケータイも質だ、と文字で示せば彼は嬉しそうに苦笑する。
「これは、寝坊出来ませんね」
『そうだぞ。寝坊したら叩き起こしに行くからな』
「いえ、あの、蛇蠱に見張らせているので危ない――――」
『行くからな』
肩を竦めて、彼は頭を下げた。
「端末と携帯電話と、後のことを宜しく頼みます」
『任せろ、行ってこい』
「はい、行ってきます」
それが11月末のこと。
も~い~くつ寝~る~と~ お~しょ~お~が~つ~♪
彼女の携帯電話の着信音は節分まで変わることはなかった。
2月3日 関東某所
セルティ・ストゥルルソンは日の出直後だというのに、山小屋の前で馬に乗っていた。本当に小さな小屋で生活臭もなく、人など暮らしていそうにないのだが戸の横には表札がかかっている。竜ヶ峰、と書かれたそれを見て彼女は馬から降りた。
セルティは小屋の中にいるだろう竜ヶ峰帝人と、立春に遅い正月祝いをするという約束している、明日がその日だ。当日になってからでは遅い上に慌しいので今日、寝坊していようがしていまいが迎えに来たというわけである。こんな時間になったのは彼女が人目を避けて夜間に池袋を出て、しかし積雪による悪路のせいでシューターがバイクとして走れなくなったせいだ。元の馬の姿に戻してもバイクよりはマシというだけで、雪に足が埋もれたり、氷で滑ったり、と冬の山は来訪者に途轍もなく厳しかった。
――帝人は毎年こんな道を……、……雪の前にくれば良いのか。ついでに飛べるしな
帝人は寝坊出来ない、と言ったのに起きている気配はない。本来なら雪解けまで眠り続け、名実共に春が訪れてから山を降りるのだろう。しかし今年はそうはいかない。旧暦正月と言い出したのは帝人だ、口実だったのかも知れないが言質も質も取ってある。こちらの宣言通り、叩き起こして連れ帰るだけだ、とセルティは勢い良く引き戸を開く。
小屋内に犇く蛇蠱が一斉にギョロリ、とセルティの方を向いた。
思わず戸を閉める。
――あんなに飼ってるなんて聞いてないぞ、帝人!!
飼っている、とはまた違うことを指摘する者はいない。
――いや、私は帝人を迎えに来ただけで、敵意はない
――あれは帝人の使い魔だし話せば分かってくれる筈だ
よし、と気合を入れて再び戸を開けると、シャーッ、と牙を剥いてきた。再び戸を閉める。
――何故だ!?
毎年のように帝人を狙って招かざる客が来ている、言うまでもないが今年も既に来た。故にこの時期、帝人の蛇蠱は彼を守るように自動化されているので誰彼構わずに威嚇、攻撃する。危ないからと迎えを断ろうとしたのはそのためだ。言い忘れた帝人が悪いのか、それとも聞きもせず押し切ったセルティが悪いのか、今は論議すら出来ない。
――さて、どうしよう
戸に凭れて腕を組む。
仮に毒蛇だったとしてもセルティは一定の条件化では不死身だ。強行突破が出来ないわけではない。しかし呪術への耐性がよく分からない。
――臨也みたいな目には遭いたくないしなぁ
実際に呪われた輩は妙な言動の末に高熱で倒れ、憑物が離れるまで悪夢に魘されていた。ああはなりたくない、と切実に思う。
――でも楽しみにしてたしなぁ
帝人が度々侵入している来良学園には共通の知人も通っている。約束の内容を話したら引き摺ってでも連れ帰って欲しい、と頼まれたのだ。少年少女の期待を無碍には出来ない。
――どうしよう
そろりそろり、と戸を薄く開けてみれば蛇蠱は小屋中に犇いていて、帝人の気配は中央にある。壁を破ろうが何をしようが蛇蠱に囲まれている状態だ。
――酒でも戸口に置けば自分から出てきてくれただろうか
しかし今、この場に酒はない。買いに行こうにもフルフェイスのヘルメットを被った人物には売って貰えないだろう、そもそも店に入れないかも知れない。
――仕方ない、通じるかどうかは分からないけど
薄く開けた戸から影を壁に沿わせて流し込む。未だ暗闇の明けない時間帯が幸いして気づかれてはいないようだ。そして室内の壁を覆い尽くしたところで袋状にして纏め上げる。
――おお、通じた
後は袋から帝人のみを出して
♪♪♪♪♪♪♪♪――――
大音量でアラームを鳴らすだけだ。
バチ、と帝人の目が開く。
『お早う、帝人。迎えに来たぞ』
PDAを帝人へと向けるが、目で反応を示すだけで指すら動かさない。どうしたのだろう、と様子を窺っていると袋から1匹の蛇蠱が這い出してきて彼の言葉を代弁する。
『スミマセン、寒クテ動ケマセン』
帰りは帝人を担いでの悪路となった。
作品名:人外化パラレル詰め合わせ 作家名:NiLi