人外化パラレル詰め合わせ
加加阿色の甘苦い日【杏帝】
1月末から見るようになった言葉は2月に入るや否や急速に増え、街中に溢れている。言葉のみならず某社の商業的戦略により可愛らしく包装されたチョコレートが棚の外まで並び、その日が近づくにつれて誰も彼もがどこか落ち着かない気分になる。要するにバレンタイン・デー間近であった。
世話になっている闇医者、岸谷新羅は愛して止まない首無し妖精、セルティ・ストゥルルソンに手作りチョコレートを貰うつもりでいる、というより、欲しい欲しいと騒いで喚いて、そのせいで殴られていた。しかし何だかんだで蜜月を継続している2人だからきっと、彼の願いは叶えられるのだろう。幸せそうな2人に彼女は小さく笑う。しかしその直後、
「杏里ちゃんは?」
学校で友人にも問われたことを2人にも聞かれて、彼女は俯いた。
先日、チョコレートを渡す予定の相手である竜ヶ峰帝人は美味そうに味噌焼き煎餅を齧っていた。彼が何かを食べている時、園原杏里の視線は彼の口元へと注がれる。最初こそ注視されると食べ難いと言われたのだが、どうしても止められず、結局は折れた帝人がさっさと順応した。それを惜しかった、と今でも思う。人間らしい食餌をすることが出来ない杏里を気遣って、また注視されることに戸惑って困惑する彼は二度と見られないのだ。しかし自分で撒いた種と諦めて飽きもせずに食事をする彼を眺める。
話すのとは異なる口唇の動き、覗く白い歯と赤い舌、バリ、ガリ、と音を立てて噛み砕く音を立てて、しかし程なくして音はほとんどなくなり、小さく嚥下する音。そして再び煎餅を齧ろうと開く口唇、繰り返される動作。
恐らく今、彼を食べれば味噌焼き煎餅の味がするのだろう。直接的に食べられない杏里にとって彼が食べるものの味とは、彼へ付加される調味料のようなものだった。
「おいしいですか?」
調味料の味を問うその妙な質問に、しかしすぐには返答がない。口内に何かを含んだまま喋るのを良しとせず、彼はただ頷いて、咀嚼と嚥下を終えてからようやく、
「おいしいよ」
答えを返す。
「何が一番、おいしいですか?」
対象を限定しないその質問は普遍的なものと受け取られたらしく、返されたそれは人それぞれ、という一般論だった。
「帝人君は」
なので対象を限定して聞き直してみれば、
「味噌だれヤキトリ」
あまり色気のない回答だった。
まさかバレンタイン・デーに味噌だれヤキトリを渡すわけにもいかない、あまりにも奇抜過ぎる。やはり日本国内で定番のチョコレートか、そうでなくとも洋菓子にすべきだろう。市販で売っているものを渡すという選択肢がないわけでもなかったが、味見すら出来ないセルティが作るつもりでいるのに味見程度なら許される杏里が作らないというのも気が引ける。しかし杏里は料理が出来ない。寄生蟲である彼女に人間と同じ食糧は必要ない、そしてそれを加工する技術も必要ない。彼女にも当然ながら食欲はあるが食餌を摂るまでに手間をかける必要性をまったく理解出来ず、故に料理に対して消極的だ。自分が手を加えて既製品より酷くなっては加工する意味もなくなってしまうという不安もある。さてどうしたものか、と悩んでいると、
「じゃあ自分が食べたいものを帝人君に食べさせた上で杏里ちゃんが食べると思えば作り甲斐もあるんじゃないかな?」
新羅が冗談めかして提案してきた。その後に杏里には理解不能な、恐らくは要らないことを言ってセルティに影で締められている。
その様子を眺めながら杏里は提案を思案する。そういえば最近、特に味のついた生気を口にしていないような気がする、口にしたとしても記憶には残っていない。勿論そのことに不満はない。血気を貰えるだけでも有り難いのに帝人のそれはとてもよく身体に馴染む。不満など抱く筈がないのだが、彼に寄生するそもそもの切欠となったドロップのイチゴ味は忘れられない。
無性に甘いものが食べたくなった。
「そう、します」
『新羅の妄言を本気にすることはないぞ?』
セルティが間髪を入れずに文面を向けてくる。よく分からない言葉が問題発言だったようで少々焦っているようにも見えたが、杏里は緩く首を振る。
「たまには良いかなって」
頑張ってみます、と頭を下げて彼女は岸谷家を後にした。
作品名:人外化パラレル詰め合わせ 作家名:NiLi