人外化パラレル詰め合わせ
この感情は災厄でしかない 3月21日【波帝】
正月には大人達から多額のお年玉を渡され狼狽していたので弟に作るついでだと建前と本音の入り混じった御節を出したら食べきれずに呻いていた。バレンタイン・デーには学校で漫画宛らの出来事が起こったらしく甘い甘いと悲鳴を上げていたので苦いと評判の茶を淹れたら味覚の差異についていけずに咽ていた。好かれている自覚はなく、寧ろ嫌われているとすら思っているに違いない取引相手にそれ等の行為は地味な嫌がらせと受け取られたらしい。その反応に苛立って八つ当たりしてしまうから当然なのだがとにかく、3度目の正直である。
「誕生日おめでとう、竜ヶ峰帝人。日付に免じて無条件で用件を聞いてあげるわ」
祝日だというのに朝から友人知人奇人変人に呼び出され、構い倒され、抱えきれない程の贈られた品をどうにか持ってヨロヨロと帰宅した帝人に、彼女は開口一番そう言った。
「ありがとうございます、矢霧波江さん。お茶を淹れて下さい。今はそれしか望めません」
心身ともに疲れたのだろう、半ば虚ろになっている眼で帝人はそう返す。
「もっと面白味のあることを言いなさいよ、お茶は淹れてあげるから」
すみません、の一言を背に受けながら波江は息を吐いて台所へと退く。湯を沸かしつつ、さて何茶にしようかと戸棚を開ければ煎茶しかなかった。こんなことなら無駄に茶葉の数種類は常備している勤務先から無断で持ち帰ってくれば良かったと思うが時既に遅し、帝人が茶を所望しているのは今だ、買いに行く時間もない。舌打ちして煎茶を淹れた。
「それで?」
茶の入った急須と2人分の湯飲みを持って卓へ着く。帝人は贈られた品を丁寧にしかし手早く整理していた。狭い部屋は片づけていないと帝人1人の寝る場所もなく、更に波江までいるのだから帝人の整理整頓の技術は向上するしか道はなかったのである。
「何でも良いんですか?」
一段落して茶を飲もうと帝人も卓へ着く。正面に座った彼に波江は湯飲みに茶を注ぎながら返した。
「私が出来ることだけにしてくれるかしら。あと張間美香と首無しに頭は下げないわよ」
「だからそれは、僕が言うことじゃないです」
注がれたそれを飲みながら帝人は思案しているようだ。恐らく自身にとって何が最も有益か考えているのだろう。垢抜けない態度や大人しそうな外見に反して帝人はある特定のことに関して酷く貪欲だ。頭の回転も速く、判断力もある。だからどんな無茶な要望がその口から発せられようとも波江は動じないつもりでいたが、その警戒は杞憂に終わる。但し波江にとって喜ぶべき望みでもなかった。
「掴み辛いから、でしたね」
徐に伸びたその髪を弄り始めた帝人に波江は眉を寄せる。今更ながら何でも良いと言ったことを後悔した。
「元の長さ、とまでは言いません。貴女の不都合でない程度に切って貰えませんか」
似合っていた、とは口にしない。彼だって男だ。了承したとはいえ女のように髪を伸ばし、それを似合うと言われても喜ばないだろうし、それこそ嫌がらせと受け取られるだろう。
「欲がないのね。この先ずっと只で要件を聞け、とか言われると思ったわ」
凡その感覚ならより魅力的に思える案を提示してみるも、
「貴女は僕を堕落させたいんですか」
潔癖な少年に凡その感覚は通じないらしい。断られた、が、どうしても切るのを回避しようとしてしまう。
似合っていた、と波江は思う。似合っていたと思うからこそ鋏を入れるのが惜しい。
しかし
「矢霧波江さん」
名を呼ばれ、その特徴的な目を向けられれば
「せめて整えて下さい」
「……明日まで待ってちょうだい、竜ヶ峰帝人。必要な道具を揃えてくるわ」
了承するしかないのだ。
こうなれば最後の最後に弄り倒してやる、と波江は帝人の背後に回り無遠慮にその髪へと触れた。
「わ、ちょっと」
「毛先が傷んでるわね。もっとマシなシャンプー使いなさいよ」
言いながら染められていない黒髪を手で梳く。腰まで伸びた髪は波江のそれと同じくらいの長さだったが、明日以降はそうでなくなる。
「――――私も切ろうかしら」
呟いた言葉を帝人の耳は拾わなかったようで彼は首を傾げるが、何でもないとだけ波江は返した。知れたところで眉を顰められるのは目に見えている、分かっていながら実行する気になるような予想ではない。溜息を噛み殺して結ばれていた髪を解く。
「このくらいまで切りましょうか。前髪も邪魔にならないようにしてあげるわ」
「本当ですか!」
嬉しそうに帝人が笑顔を向けてくる。そこまで髪を伸ばすのが嫌ならさっさと『首』を破棄してしまえとも思うがそれ以上に、帝人が笑っていることに意識が持っていかれる。かれこれ1年近くこの関係にあるが、帝人が波江といる場で笑っていたことは数える程しかない。驚いたせいでささくれ立っていた感覚が俄に和らいでしまった。
「竜ヶ峰、帝人」
手を止めて名前を呼ぶ。背から肩へ腕を回し、抱き締めたいと思わないでもないが生憎と、親和的な間柄ではない。警戒されるのが見えているのでそれは控え、来年はもう少し距離が埋まれば良いと願いながらその頭を撫でる。
「誕生日おめでとう、あの時貴方を殺さないで良かったわ」
「言い回しが怖いですけど、ありがとうございます、矢霧波江さん」
髪をなでている間、波江は始終穏やかな気分だった。
作品名:人外化パラレル詰め合わせ 作家名:NiLi