days of heaven
「ろくなやつじゃないやつの名前。スネイプだ。ファーストネームは知らない」
スリザリンなんかどうでもいいしな、と言ったシリウスはジェームズの腕を素早く掴み、やたらと鋭い目つきで言う。
「リーマスには言うな」
「わかってる。ルシウスだな」
ピーターが近づいてきているのを気にしながらシリウスは早口で言った。
「ああ。たぶんリーマスは目をつけられてる。何も言わないが本人も気にしてる。ルシウスに関係する奴を近づけたくないんだ」
「リーマスも難儀なことだな。なまじ綺麗な顔をして温厚だから問題だ」
「あと20年もすればただのおっさんなのにな」
肩をすくめたシリウスはそれでも真目面な顔を崩さなかった。
「スネイプだけどあいつもたぶん似たようなもんだ。ルシウスに目をかけられてる分、学年じゃ浮いてる。スリザリンで浮いてるってことは誰にも相手にされてないってことだ」
シリウスはパッと腕を離した。ピーターが目の前に迫っていた。
「誰が相手にされてないの?」
「俺とジェームズさ」
息を切らせて尋ねたピーターにシリウスはニヤリと笑ってサバサバと言った。
「お前とリーマス以外に俺たちを迎えに来てくれる奴もいないしな」
「2人に見放されたら終わりってことだよ」
目をパチクリさせているピーターを見ながら、ジェームズもシリウスに合わせて言った。
「見放されないためにはもっとまともになったら?」
リーマスが毛布をジェームズに渡しながらため息をついていた。シリウスには頭めがけて乱暴に放り投げる。
「熱いココアをいれるよ」
リーマスの言葉にシリウスとジェームズは顔を見合わせて声もなく笑った。
結局ジェームズは寝込まなかった。身体は熱っぽかったが、荒い息のなか動くのも面倒だとぐったりしたシリウスに恨みがましい目つきで睨まれながらリーマスと3人で夜を過ごした。めったに高熱を出さないシリウスを相当心配したとみえ、リーマスは獣化してさえ普段より大人しかった。
後日、礼を言おうとスリザリンの寮近くまで行ってみたが、知らない下級生にまであからさまに嫌そうな顔をされた。スリザリンでのジェームズの評価は最低らしい。日々の行いを省みればそれも仕方ないことかもしれなかった。
つい2週間前にも5年生のスリザリン生3人をシリウスといたずら魔法でからかい倒したところだ。ブチ切れたスリザリンの監督生が怒鳴りこんできたが、上級生の誰かが上手く宥めるだろうと高をくくっていたら、驚いたことに自他共に温厚だと認識していたグリフィンドールの監督生がブチ切れ返し、2つの寮生を巻き込んで上へ下への大騒動に発展して散々だった。
そんな自分に呼び出されるのも迷惑だろうと、寮の近くを何日かうろつくにとどめたがスネイプを見つけることはできず、ついには青筋をたてたスリザリンの監督生まで出てきて諦めた。
食堂でもなかなか見つけられず、どんだけ存在感がないんだと思った。廊下でばったり出会うこともなく、時々ルシウスと話しているうつむいた姿を遠くから目にした。
あんなやつと付き合うなと言ってやりたかったが、同じ寮でもなく、自分の名前も知らないだろうスネイプの責任はもてなかった。
ジェームズのわだかまりを敏感に察知したのだろうシリウスがスネイプのことを聞き込んできたのは、下手にかかわってルシウスが出てくるのを避けたいというリーマスを優先した考えからだったかもしれないが、なんとなく聞きそびれていたことを耳にできるのはラッキーだった。どこから聞いてきたのかと首を傾げたくなるくらいシリウスはスネイプについて徹底的に調べていた。
母親に折檻されていたこと、それがそのうち父親、祖母、叔母、叔父にまで広がっていったこと、身体にいくつか傷が残っていること、近所では鼻つまみ一族だったこと、貧しく薄汚れていたこと、いじめられていたこと。
ホグワーツに入学してからもいつも1人で、誰とも話をせず、ルシウスが話しかけるようになってからは透明人間のように扱われていること。
「ひどい話だな」
シリウスでさえ、そう言った。
聞く限り、何もいいことはない人生だった。唯一の味方になるべき両親にさえ虐待され、リリーという女の子もさっさとスネイプを捨てた。
傷だらけの心と身体を引きずって、誰にも手を差し伸べられることなく無視されて生きている。そう考えればルシウスに話しかけられることさえ悪くないかもしれないと思えて嫌な気分になる。
寮が違うとはいえ、避けられているのかと勘違いしそうなくらいスネイプとは会うことはなく、あの日の小さな声と白い顔を思い出すたび、脅されていないといいがとジェームズは思った。
移動時間、食事時、外出時、朝に昼に夜に、自然とスネイプを探していることに気づいて、たぶん自分は同情しているんだなと思った。
一人ぼっちの世界はどんなだろう。暗く、無音か? 寒くはないか? いつも友人に囲まれている自分には想像もつかなかった。
そうして冬が過ぎ、春が来て、夏も終わる頃、ルシウスは卒業していった。
安堵のため息は切実さを含んでいた。スネイプを見かけるたび、ルシウスが傍にいることに苛立ちを通り越して怒りすら覚えたとき、ああ、彼のことが好きなんだなとやっと気がついた。
目を離すこともできないほど人を好きになったのに、哀しくてひどく寂しかった。どうやっても声を殺せず、裏庭でジェームズはうずくまって一人むせび泣いた。
期末テストの後はすぐにクリスマス休暇がやってくる。浮かれたクラスメイトたちは上気した顔で、クリスマスの過ごし方を話し合う。飾り付けたモミの木がどんなに大きく綺麗か、用意される特別な食事がどんなに見目良く美味しいか、交換し合うプレゼントがどんなにたくさんでバラエティに富んでいるか、張り合うように自慢気に披露した。
スネイプは今年も家に帰らない。家はあっても迎えてくれる人がいなければ家なし同然だ。何年も帰省していなかった。どうせ帰ってもいいことは何もない。クリスマスだろうと平日だろうと、それは変わらなかった。
毎年それぞれの理由を抱えた数人がホグワーツに残っていた。クリスマスでさえ家に戻れない人間は本人にも何かしら問題があるようで、誰もが協調性に欠けている。残った者同士でクリスマスを祝うことも、友好を深めようとする気配もなく、毎年てんでバラバラに休暇を過ごしていた。
去年まではなんの気まぐれかクリスマス翌日からルシウスが学校に戻ってきて、強引に七面鳥を食べさせられたが今年はそれもない。
ジェームズはシリウスと帰った。家に来て欲しいな、という拘束力のない言葉は戸惑いとともにさらさらと聞き流した。誰かの家を訪ねたことはなかったし、どのような振る舞いをしていいのか見当もつかない。自分の身に染み付いた黒いもので汚してしまったらと考えると恐ろしかった。そのくせ、ジェームズが口にした誘いの言葉を何度も頭の中で反芻して恍惚となっていた。
寂しいわけではない。一人で過ごすのは嫌いじゃないし、叩かれることも、ののしられることも、無視されることもなく、心おだやかに静かに過ごせる。気楽でいい。
作品名:days of heaven 作家名:かける