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days of heaven

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 スネイプは25日の朝、5時前から目を覚ましていたがベッドの中で身動きもせずじっと天井を見ていた。カーテンの外が徐々に明るくなっていくのを感じながら、飽きもせずにジェームズのことを考える。身近にいる時より考えているかもしれなかった。そして、結局一番最初と最後に思うことは『会いたい』という一言につきる。
 黒い髪、蒼い瞳、時々髪を撫でてくれる骨ばった手、眉をひょいっとあげるしぐさ、声を出さずに吐息だけで笑う癖。ある日突然現れた彼のすべてがスネイプを魅了する。
 夏は暑くて嫌い、冬は寒くて嫌い、秋は夏の長期休暇が終わるから嫌いという言い草さえ憎めなく、春が来たら森へ行こう、てんとう虫を探そうと無邪気に言われるともうそれだけで胸が躍った。嫌い嫌いと言いながら、ジェームズはいつでも楽しそうだった。
 ようやく時計の針は7時を指し、スネイプはゆっくり起き上がった。無理にでもゆっくり行動をしなければ、時間は過ぎていかない。必要以上に綺麗にパジャマをたたみ、ベッドを整え、食堂に向かう。
 しっかり食事をしなければジェームズにあわす顔はない。ジェームズはスネイプの顎に手をかけ右にやり左にやりして、「うん、ちゃんと食べてる」などと言うのだから。
 じりじりしながら9時を待ち、晴れ渡った空の下、一目散に湖を目指した。痛いくらいに空気が澄み、銀色に輝く雪景色がくっきりと鮮やかに浮きあがっていた。
 綺麗だ。
 初めて、そう思った。
 絵の具の水色を塗りつけたような空も、ときおり枝からこぼれ落ちる粉雪も、踏みしめた雪がたてる音も、雪に反射する太陽の光も、目に映るすべて耳にするすべてが美しかった。
 高揚する気持ちをもてあましながら、スネイプは湖までやってきた。凍った湖の輝きに目を奪われ、つかの間立ち止まる。いつの間にか走るように歩いていた。額の汗が冷えた空気になぶられて気持ち良かった。荒い息遣いが耳につき、白い息が景色にとけこむ。
 ジェームズ、世界はなんて美しいんだろう。
 きっと僕一人では気づけなかった。僕はもらってばかりだ。
 あの日、どうして突然、僕のことを好きだなんて言ったの?
 空高くで鳥が旋回しながら飛んでいた。それをしばらく見た後、スネイプはジェームズがカードで指定した木に向かうため歩き出した。
 常緑樹で構成された森は年中葉をつけている。落葉樹に比べて寒々しい雰囲気はない代わりにうっそうとした印象は拭えない。けれども今は雪が積もり、おとぎ話のような幻想的風景をスネイプの前に披露していた。
 湖沿いに歩いて行くと、5本目の木に隠れるようにして6本目の木が立っていた。それが何という木なのかスネイプは知らなかったが、回りの木に比べ幹が細く若木だと思われた。その根元に靴下の形をした黄色いゴム風船が置いてある。ジェームズらしい遊び心だ。
 急いで手に取ると、風船は跡形もなく消え赤い袋が現れた。カードが添えてある。
『メリークリスマス、セブルス。僕の永遠を君に』
 その文字を見た瞬間、最後まで抗っていたスネイプの心はあっけなく陥落した。
「あぁ・・・」
 スネイプは思わず目を閉じて、空を仰いだ。
 ストンと心が落ちる。ジェームズに落ちていく。加速に加速を重ねてぐんぐん落ちていく。
 永遠。
 そこまで無防備に差し出されて意地を張れるほど強くない。もともと喉から手が出るほど渇望していた。
『いつでも全部あげる』
 あの言葉で僕の心は息を始めた。その言葉の通り、いつでも目の前にすべてが差し出されて、恐々手を伸ばしてもなくならなかった。だから乾いた砂が雨を吸収するように急速に欲張りになっていった。
 ある日の夜は、ジェームズが食べかけていたブラウニーをこっそり全部食べた。
 ある日の夜は、ジェームズが真剣に計算式を解いている最中にまったく関係ない数字を呟いて混乱させた。
 ある日の夜は、ジェームズの腕時計の針を1時間すすめて知らないふりをした。 
 そのどれもにジェームズは嬉しそうに蒼い瞳を細めて「やられた」と微笑んだ。
 永遠。ジェームズの永遠。
 ジェームズのすべてを永遠に? 
 めまいがした。欲しいものが向こうから近づいてくる。恵まれすぎて目が眩む。  
 ジェームズの優しい口調で何度も好きだと言われ、当たり前のように毎日会った。いつも『会いたい』『好きだ』『嬉しい』と言うのはジェームズだった。
 物も言葉も数え切れないほど与えられて、見つめられた。与えるばかりなのに決して押し付けがましくなく、たとえスネイプが気づかなかったとしてもそれを口にしていないことに時々思い当たった。ゆらゆらと心地良い世界で大切に見守られ、こうしようああしようと言われながらも最終決定権はスネイプの手の中にある。
 世界は氷でできている。固く、冷たく、痛いと疑わなかった。生まれたときから続いた暗く、孤独で、音のない人生はジェームズという太陽の前に溶けて消えた。これが夢ならば、覚醒した瞬間に自分は狂ってしまう。覚めないなら夢でいいとさえ思う。
 いまや世界はジェームズそのものと言って良かった。
 信じていいのかもしれない。信じたいと心は叫ぶ。
 暗黒の15年をたった数ヶ月で光に変えるなんてどんな魔法をかけたんだろう。心に体に頭の中に巣食う暗闇がジェームズのそばにいるだけで晴れていった。彼はまさに太陽だった。
 いつもジェームズは楽しそうにスネイプの手にハンドクリームを塗る。指先を包み込むように丁寧にクリームを塗りながら、鼻歌を歌うジェームズは手が荒れている理由を一度も聞かなかった。
 見守られている。受け入れられている。自分に実際に起こっていることとしてもすべてが信じ難かった。
 手にある赤い袋。ジェームズからのプレゼント。そっと中から取り出すと、それは首まですっぽり覆う薄紫色のセーターだった。モヘヤのようなふわふわした素材で編まれ手触りも柔らかい。
 ジェームズといると『初めて』ばかりだ。初めて人に好かれ、初めて優しくされ、初めて意思を確認され、初めて周りに目を向けるようになり、初めてクリスマスの贈り物を受け取る。そして初めて人を好きになった。
 ジェームズ、僕は人を好きになれた。なんだろう、この気持ち。前へ前へと押される気持ち。何かが始まるような、そんな気持ち。
 凍てつき動きもしなかった心が君を求めてる。早く会いたい、姿が見たい、声が聞きたいと一心に君を求めて叫んでいる。
「ジェームズ」
 スネイプは声に出して、自分の世界を支配する男の名前を呼んだ。甘く掠れた声は澄んだ空気に消える。
 また初めてだ、と思った。初めてジェームズの名前を口にした。こんなに熱い気持ちを乗せて。体の中で激しく心が震えるのを感じて喘ぎながら、君は僕をこんな苦しくさせて・・・息を止めてしまうつもりなの? と問いかけた。

 

 あのとき、ジェームズからもらったクリスマスカードと手紙は本棚の奥にしまってある。20年たった今では読むこともないが捨てることもできないままだ。ふとした拍子に目にする手紙の青いインクは薄れて、紙も黄ばんでいる。ずいぶん長い時間が過ぎたのだと思うと寂しかった。
作品名:days of heaven 作家名:かける