days of heaven
ジェームズは意外と筆まめで、長期休暇の際は必ず手紙をくれた。相変わらず、自分のことより人のことばかりで、夏なら帽子をかぶれ、水分をとれ、昼寝をしろとどこの子供に言ってるんだろうというようなことを真面目に書いてくるのが面白かった。
書いた手紙の返事はジェームズに届くことはなかった。どうしても、会いたい会いたいと寂しがっている手紙しか書けず、送ることはできなかった。一人ぼっちの頃は寂しさなど感じたことはなかったのに、ジェームズと過ごすようになってから寂しさを感じる。不思議なものだった。
ジェームズは手紙の返事が届かないことに文句を言うこともなく、毎回休暇明けには眩しいほどの笑顔を見せた。
休暇毎にちょっとした『お土産』をくれたが、最終学年に進級する前の夏期休暇後に子猫をつれてきたのには驚いた。小さなバスケットから顔をのぞかせた灰色のシャム猫はジェームズと同じ蒼い目をしていた。あのときも一騒動あって、ジェームズが名前まで考えて『どう? かっこいいだろう』と得意げに言ったのに、オスだと思っていた子猫はメスだった。
結局『エルドリッジ』と言う名前は『エルザ』に変わり、あのときばかりはジェームズも悔しがっていた。それがまたスネイプには面白くて、『エルドリッジって呼んであげるよ』とからかったが、ジェームズは『猫扱いかよ』と口を尖らせてふてくされた。
エルザはよく懐き、スネイプの顔を舐め、足にまとわりつき、柔らかな体を撫でられることを好んだので、しばしばジェームズの嫉妬を買った。真剣に子猫と張り合うジェームズの姿には笑ったものだ。エルザはすぐに大きくなり、毛並みの整った優雅な姿と愛らしいしぐさで二人をおおいに楽しませた。
あま噛みされた指先や膝の上で眠るエルザの重み、ジェームズが小刻みに振る猫じゃらしに飛びつく姿を懐かしく思い起こす。エルザの小さな鳴き声は耳に心地よく、気持ちを和ませた。
スネイプは自分の手を見つめた。すっかり大人になった手は静脈が青く浮き上がり荒れている。時々ハンドクリームを塗っても思い出ばかりが押し寄せて、結局は途中で塗るのをやめてしまうのだった。
湖に静かな朝がやってきた。凍てついた空気を柔らかに溶かすオレンジ色の太陽が昇る。
スネイプは年に2回、決まった日に必ずこの場所へ足を運んだ。あのクリスマスプレゼントを受け取った年からずっと欠かしたことはない。
今日はその2日のうちの1日。1月9日。
ホグワーツの最終学年はジェームズもエルザも一緒だった。エルザは猫なのに雪が大好きですぐに寒がる癖に外で遊びたがり、寒くなるとスネイプの温かな手を求めてはジェームズとケンカした。
蒼い目の猫も男も今はもういない。
薄紫色のセーターはスネイプに驚くほど良く似合った。
食事をきちんと取るようになったために顔色が良くなったことに加え、生気の灯った真っ黒な瞳が色白の顔の中でときおりキラキラと輝き、数ヶ月前とは別人のようだった。
休暇明け、クラスメイトたちは誰もが自分の目を疑い、ひそひそと囁きあった。これじゃあ、まるでみにくいアヒルの子じゃないか。どういうことなんだ。何があったんだ。いつの間に?
よくよく見れば、スネイプは白い小さな顔に黒い瞳、薄桃色の頬と唇、さらりと揺れる黒髪の少年だった。じろじろと見つめられて居心地悪そうにしながら、髪を耳にかけ目を逸らす姿は陰気さからは程遠く、クラスメイトたちに静かで控えめな印象を与える。
荒れていた手はしっとりと瑞々しく、指先はほのかな桃色。暗い雰囲気を決定付けていた真っ黒な髪も顔を上げてしまえば、色白の顔をより引き立たせるアイテムになった。
ジェームズは年明け8日にホグワーツに戻ってきた。新学期は日曜日を挟んだ明後日、10日からだ。
2,3日前からチラホラとホグワーツに戻ってくるクラスメイトたちがいて、スネイプは窓の外を眺めずにはいられなかった。見ないと思っても、それとは反対に視線はどうしても外に向く。羅針盤がいつでも北を向くように、それはもう止められないことだった。
15年一人だったが、その間誰かが傍にいてくれることがこれほど心地よいと考えたことはなかった。
ふくろう部屋で顔を合わせた瞬間に声もなく涙を流すスネイプにジェームズは珍しく慌てて、手にしていた包みを放り投げスネイプを慎重に抱きしめた。
触られることをスネイプが苦手にしていたことは最初にバレていたが、それを克服していることはまだジェームズは知らないはずだった。
「なに? どうした? 嫌なことでもあった?」
心配する声、背中を撫でる手や顔を押し付けた首元、水のような透明な香り。
あぁ、ジェームズだ。触られても体は嫌がらない。それよりももっとと欲している。もっとぎゅっと、と。
「ジェームズ」
「・・・うん」
ピクリと背中を撫でる手が止まったがすぐにまた動きだす。きっと気づいた。僕が初めて名前を呼んだこと。
「ジェームズ」
「うん」
悲しくなくても涙は出るんだね。なんでこんなに出ても止まらないんだろう。あぁ、好きだ、好きだ。君の全部が。
「好き」
ぎゅっと目を閉じて口にした。もう身体の中にしまえない、この思いは。身体中から溢れてくる、この思いは。口にした瞬間、喉の奥が焼けるようで肩で荒く息をした。
「ジェームズ、好き・・・」
どうしよう。好き。ジェームズ。好き。何も考えられない。初めて好きになった。
「・・・セブルス? 泣かないで?」
少しの沈黙の後の穏やかな声に頭をふった。そんな言葉が欲しいんじゃない、ジェームズ。いつもみたいに言って。会えて嬉しい、楽しい、好きだよって。僕に答えてよ。
「座ろう」
ジェームズはスネイプを支えながら歩き、椅子に腰掛けさせた。スネイプはテーブルの上で腕を組み、そこへ顔を伏せた。何も答えてくれないジェームズの顔を見ることはできなかった。自分だけが一人、浮ついている。好きだと口にして胸を締め付けられている。
「お茶を用意するよ。今日はレモネードじゃくてコーヒーを持ってきたんだ。あとブラウニーもね」
いつもと変わらない様子で、ジェームズはカップの用意をしにキッチンへ行く。すぐにコーヒーの香ばしい匂いが漂ってきた。
小さなテントはどこにいてもすぐそばに相手がいる気にさせる。ジェームズが狭いほうがいいと言った意味はこういうことなのかと思った。ジェームズを独り占めできる時間は何物にも代えがたい。もういまさらジェームズなしの生活には戻れない。
「はい、どうぞ」
コツンとスネイプの頭にカップを軽くぶつけてジェームズは言った。
一大告白をしてしまったスネイプは顔をあげるのも恥ずかしくて、心臓は水風船のように上下に揺れているみたいだった。それなのに、ジェームズが隣の椅子に腰掛けるものだから、ますます心臓は暴れ出して体から飛び出てしまいそうだ。
「ねぇ、セブルス。顔を見せてくれないかな」
首を振った。見せられるわけもなかった。勝手に流れる涙でぐしょぐしょの顔はきっと真っ赤だし、それより鼻水が垂れてる。一言でいいから言って欲しいのに。嬉しいって。それだけでいいのに。
「耳が真っ赤だよ」
作品名:days of heaven 作家名:かける