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days of heaven

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 ちょいっと耳たぶをひっぱられて、ビクッと体が震えた。そろそろとジェームズから体を離す。僕に触っちゃ嫌だ。もうなんかたまらない気分になるんだ。そんなの困る。僕だけがそんなふうになるなんて。
「今なら面白いものが見られると思うんだけどな」
 のんびりしたジェームズの声はスネイプの告白になんら動揺していないようでいたたまれなかった。
「ほんと面白いのに」
 二度も言うから気になる。なんだろう、面白いものって。何か持ってきたのかな。おじぎ草ならもう一度見たいけど首振り草はもういらない。
 コソッと横目で確認したがテーブルの上には何もないようにみえる。コーヒーカップが2つあるだけだ。ソーサーに棒状のブラウニーが添えてあった。
「ねぇ、セブルス。耳まで真っ赤なのは君だけじゃないんだよ?」
 困ったような声が聞こえて、思わず顔を上げた。目の前のジェームズの顔は見たことないくらい真っ赤で、それなのに端整な顔が崩れるくらい笑っていた。笑っているのに目から涙が流れていた。
「・・・ジェームズ」
「うん。びっくりした? 面白いだろう? 僕、本当に嬉しいんだ。ほら、見て」
 テーブルの上に掌を上にして出された両手は小刻みに震えていた。
「止まらないんだ。嬉しくて、震えてるんだよ。あぁ、どうしよう」
 そう言って、ジェームズは顔を両手で覆ってしまった。
 スネイプは自分の顔がぐしゃぐしゃなことも忘れて呆然とジェームズを見つめた。
 誰からも好かれるジェームズ。何でも持っているジェームズ。いつも楽しそうなジェームズ。それなのに誰からも相手にされていない自分が「好き」と言っただけで肩を震わせる。
「ジェームズ・・・」
 名前を呼んで見つめることしかできない自分が歯がゆかった。どうしたら笑ってくれるだろう。
 散々悩んだ末、スネイプはいつも自分がされているようにジェームズの髪をそっと撫でた。自分からジェームズに手を伸ばしたのは初めてだ。・・・ほら、また初めてだ。
「ねぇ、セブルス」
 どのくらい時間がたっただろう。ようやく顔を見せたジェームズは髪を撫でていたスネイプの手首を掴んで言った。潤んでいる目が赤かった。
「僕はいつでも、どんなときでもセブルスのことが好きだよ」
 ジェームズの声がかすかに震えている。スネイプは頷いた。頷くことしかできなかった。ジェームズはいつも言葉にしてくれる。安心をくれる。どんな僕でもいいのだと。
「いつも傍で見ていてくれないか。そうしたら僕はもっと強くなれるから。もっと大きくなれるから」
 楽しくやろう。僕ら、きっと幸せになれる。
 そう言って、ジェームズはスネイプの白い手首にキスをした。



 そのねずみがやってきたのはジェームズと別れ、就寝時間を過ぎた夜中だった。
 パジャマに着替えたスネイプが毛布をめくったところに小さな白い塊が飛び込んできた。
「わっ」
 小さな叫び声を耳にした同室の寮生は胡散臭そうにスネイプを見る。
「あの、何でもない」
 その言葉も聞いているのかいないのか、まったく関心を見せずベッドに消えた。無言でカーテンがひかれる。
 スネイプはほっと肩の力を抜いた。4人部屋には2人しかいなくて息が詰まる。残りの2人は明日帰ってくるのだろう。
 見間違いと思いたかったが、何度見てもベッドの上には真っ白のねずみがいる。逃げようともせず、赤い目でスネイプを見ていた。
 どうしよう・・・。
 ねずみは枕のすぐ下にちょこんと座っているため、スネイプはベッドに乗り上げることもできなかった。こんなに小さいのにどうしていいかわからず、どきどきした。なんでねずみと見つめあっているんだろう。
 恐々と手を差し出してみたが、それでもいっこうに逃げようとしないねずみは、あろうことかスネイプの手のひらに飛び乗ってきた。
「わわっ」
 思わず手を振ったが、そのときにはしっかりとパジャマの袖をつかんでいたねずみは落ちもしなかった。顔が引きつるのがわかったが大きな声は出せない。クラスメイトが寝ている。
 内心では悲鳴をあげながらも、スネイプは無言で腕を振り回した。ねずみはぴょんとベッドに飛び降り、ほっとしたが結局状況は何も変わっていない。
 背中には冷や汗。手の平には脂汗。こんな小さなねずみ一匹、と思いつつ身体は固まる。
 見つめているうちにふと気づく。
 このねずみ、首輪をしてる。
 それに気づいたわけでもないだろうに、ねずみはコロンと仰向けに寝転がると伸びをするようにして首を見せた。
「あっ」
 こよりのようにして小さく紙切れが結ばれていた。これを届けにきた?
 恐る恐る手を伸ばしてねずみを触ってみたが、じっとしたまま動かなかった。スネイプが震える手で紙切れを取るとねずみはあっという間に駆けて行ってしまった。
 スネイプはよろよろとベッドに腰掛け、室内履きを脱いだ。紙切れを見るのはベッドに入ってからだ。クラスメイトが突然カーテンを開けないとも限らない。
 ベッドに横になってからやっと大きく息をついた。
「びっくりしたぁ」
 もうこれがジェームズからだということはわかっている。こんなことをするのは彼しかいない。あぁ、どきどきする。
 小さな小さな紙切れを注意深く開くと『朝6時。裏玄関。J』とあった。
 今度はなんだろう。次から次へと・・・。
 ジェームズが現れると楽しくて忙しい。あっちでドキドキ、こっちでワクワク、時々ヒヤヒヤして、それでもいつも最後は笑顔になる。
 明日も僕たち笑えるね?
「ふふっ」
 ほら、また初めてなことがあった。
 いつの間にか、考える単位は『僕たち』。もう僕は一人じゃない。
「ジェームズ」
 君がいる。




 
「セブルス、こっち、こっち」
 6時前に裏玄関に近い階段を下りているとひそめたジェームズの声が聞こえる。陽が昇る前の薄暗い中、人影が手招きをしていた。
「おはよう、セブルス。元気だった?」
「おはよう、ジェームズ。数時間前に会ったばかりだけど」
「恋人の体調を気遣うのはマナーさ」
 ジェームズはスネイプの額に自分の額を押し付け、クスリと笑って言った。
「えっ」
「驚くことないだろう? 僕は昨日から最高に浮かれているのに」
 ジェームズが鼻を擦り付けながら言う。吐息が唇にかかって、スネイプはどぎまぎした。
「あのねずみ、ジェームズの?」
「うううん、違う。クラスメイトに借りたんだ。ちゃんとお使いができるねずみさんのお名前はホットミルキー。変な名前だよな」
 せめてハニーミルクとかさぁ、とジェームズは言ったがどっちもどっちだ。
 クスッと笑ったスネイプの頭を子供にするように撫でたジェームズは「あったかくしてきたね?」と言った。
「裏玄関って書いてあったから、コートを着てきたよ。手袋もマフラーも持ってきた」
「上出来。これから東はずれの湖に行く」
 スネイプの手をしっかりと握って歩き出すジェームズは黒いロングコートの襟を立てていて、それが良く似合っていた。
「でも、外に出られないよ。魔法がかかってるでしょ?」
「ふふん。ポッター様を甘く見てはいけないよ」
 得意げに言うジェームズは絶対良からぬことをやる気だ。
作品名:days of heaven 作家名:かける