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days of heaven

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「裏庭の水飲み場に小さな亀の置物があるんだ。しっぽが欠けているけど、あれ、ポートキーなんだよ」
 外に出ると暗い上に随分と寒かった。風がまともに顔に当たり、息をするたび体温が奪われる気がする。ジェームズは風が当たらないようスネイプに自分の後ろを歩かせた。
「欠けてるからなのかな、不思議なことに行きたい場所の半分しか運んでくれないのが難点だけど、行き先は狂わないから重宝してるんだ」
「よく使っているの?」
「んー、たまに。なにせ目的地の半分の距離しか行けないだろう? それに自力で帰ってこなきゃならないから時間のことも考えるとそんなに便利ってわけでもないのさ。今日は雪が積もってるし湖まで遠いから半分でも運んでもらえると助かると思って使うんだよ」
 寒いしね、とジェームズは付け加えた。
「みんな知ってる? ポートキーのこと」
「僕とシリウスだけ。リーマスたちは心配性だから言ってないし、他に言う気はないよ」
「僕に言ってもいいの?」
 ジェームズはスネイプを振り返って嬉しそうに言った。
「僕ら、一心同体だろう? あ、一連托生?」
「なんか、いい響きじゃない気がするんだけど」
「くくっ。言うなぁ。あ、これこれ。この亀。名前をハーフ君」
 石でできた亀はジェームズの言った通りしっぽが欠けていて、思ったより小さかった。手の平サイズだ。
「ハーフ君?」
「うん。半分しか運んでくれないからハーフ君。みんなの前でポートキーってズバリ言えないし、亀って言ったら誰かのペットみたいだし。どこでも話ができるようにハーフ君って言うんだ・・・って、こんな話はどうでもいいんだよ。行くよ、石に触って」
 手を繋いだまま、もう一方の手でポートキーに触る。ジェームズが行き先を口にすると身体が伸びるような気分を味わいながら、2人は空間の渦に巻き込まれていった。
「んぁーーーーー」
 ジェームズと繋いだ手だけが意識にあって、気がつくとスネイプはふらふらしながら雪の中に立っていた。
「セブルス、大丈夫?」
 目を開けるとジェームズが心配そうに顔を覗き込んでいた。蒼い目を見ると安心する。
「・・・大丈夫だけど身体がぐるぐるする」
「慣れないと移動するときに酔っちゃうんだよ。気分は悪くない?」
「うん。目が回ってるだけ」
「じゃあ少しだけ移動して休もう」
 ジェームズに支えられながら数歩行くうちに、スネイプは自分が道の真ん中に立っていたことがわかった。前を向くと大きな石があって、ジェームズはそこに腰掛けるつもりなんだろう。
「ここ、どこかな?」
「森の入り口まであと少しってとこだな」
「今、何時?」
「6時15分」
「まだ暗いね」
「日の出は7時過ぎだよ」
 ジェームズは足で乱暴に雪を蹴散らすとスネイプをゆっくりと座らせた。石にもたれろということらしい。ジェームズはスネイプの前にあぐらをかいて座った。
「寒くない?」
「大丈夫。マフラーしてるし。手袋してるし」
「1個、僕に貸してくれただろ?」
「だって、左手はあったかいもん」
「僕は右手があったかい」
 2人は顔を見合わせてちょっと笑った。さっきまで繋いでいた手は汗がにじむくらいあたたかく、手袋をした手より熱を持っていた。
「休暇中、何してた?」
 ジェームズが雪で遊びながら聞いてきた。
「本を読んでたよ」
「まさか『マダム・ホイップの空飛ぶふわふわバースデイ』じゃないよね?」
 疑わしそうな言い方にスネイプは首をかしげる。
「なにそれ?」
「ホグズミートにあるケーキ屋だかタルト屋だかのお店のマダムが本を出したんだよ。大評判らしくって、そこに載ってるレシピでケーキを作るのがブームになってるんだってさ。母さんがマダムの大ファンで、来る日も来る日もケーキ攻めさ。もうクリームは見たくもない」
 夢にまで出てきそうさ、とジェームズが心底げんなりした様子で言うので、スネイプは思わず笑ってしまった。
「笑いごとじゃないよ。まったく迷惑な本さ。・・・行こうか。歩ける?」
 うん、と頷いてスネイプは立ち上がった。ジェームズが差し出す手を自然と握り、2人は歩き始めた。
「セブルスは何を読んでた?」
「流星の騎士と三日月の王女」
「へぇ。恋愛物語だ。僕も読んだ。流星の騎士がかっこいいんだ」
「そうだね」
「最後まで読んだ?」
「うん」
「僕はさ、流星の騎士みたいになりたいな。好きな人に一生を捧げるなんて素敵じゃないか」
「王女に腹が立ったよ。流星の騎士を疑うなんて。あんなに良くしてもらっておいてひどいよ」
 悪大臣にそそのかされた王女が流星の騎士に死刑を宣告した場面を思い出し、スネイプは憤然とした。流星の騎士は王女を責めることもせず、愛の言葉を残して死んだ。
「王女は浅はかだったけど、流星の騎士が最後まで彼女を愛していたのは当然さ。男だもの。そうだろう?」
 ジェームズは繋いだ手をキュッと握って、スネイプに言った。
「自分が選んだ人を最後まで信じるのが男さ」
 森に入ると薄暗いどころか、また真っ暗に逆戻りだった。
 スネイプは繋いだ手を見ながら無意識のうちに頷いていた。信じるよ、ジェームズ。僕だって男だもの。ずっと君を信じるよ。
 しんと静まり返る森にさくっさくっと足音が2つ。白いだろう息も2つ。繋いだ手は1つ。雪だけが白く浮き上がるなか、ゆっくりと2人は歩いて行った。



 あの日のジェームズは本当に浮かれていて、湖に着くまで鼻歌を歌ったり、きわどいポーズをとる女性が載った雑誌にリーマスの顔写真を貼ったらシリウスに殴られたという馬鹿話をしたり、ダンブルドアの髭をみつあみにしたのはやるのも怒られるのもなかなか大変だったと笑ったり、リア・オセロのホットチョコレートはやめられないけど高すぎると愚痴ったり、休暇中に作った雪だるまが魔法もかけていないのに突然歩き出したのはなぜだろうと不思議がったり、次から次に話をしてスネイプを楽しませた。
 今では校長になったダンブルドアは2人の関係にいつの間にか気づいたようで、ジェームズがいたずらをするたびに『困ったものだな』と楽しげにスネイプにささやいたり、『お手柔らかに頼む』と片目をつぶってみせたりした。
 こんな細かいことまで思い出せる。昔は忘れようと必死になったというのに、必死になればなるほど忘れられなくなったのは皮肉だ。
 彼の名前を口にするにはつらすぎて、気の遠くなるような時間が過ぎても解決の手段にはならなかった。手紙の青インクが薄れるようにはうまくいかない。もらった手紙を捨てられないくせに目にするのは耐え難かった。
 柔らかなオレンジ色の朝日にスネイプは目を細める。特別な一日、1月9日。
 あの日も太陽はしっかりと手を繋いで立っていた2人を祝福するかのように優しく照らしていた。


「ねぇ、セブルス」
 スネイプが隣を見上げると、ジェームズは整った顔をオレンジ色に染めながら日の出をじっと見ていた。
「素敵な朝だね」
 世界に2人しかいないと勘違いするほど静かで、ジェームズが口にした言葉はポツンと音を立てて雪の上に落ちたかのようだった。静謐だが、穏やかな時間が流れていた。
 聞くなら今だ、と思った。
「ジェームズ」
「うん?」
作品名:days of heaven 作家名:かける