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days of heaven

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 それでなくては姿を見かけるたびに視線が合うわけがないが、何を考えているのか見当もつかない。もっともわかろうという努力もしていないのだが。
 気にならないわけではないが何を聞きたいわけでもなく、聞けば聞いたでやっかいそうな気配もして、胸に釈然としない思いをかかえつつも面倒事はごめんだった。
「これから僕が言うことをよく聞いて、1週間以内に返事をくれないか」
 それ以上は待てないし、実は否定の言葉を聞く気はないんだ、と言う言葉にスネイプが思わず顔を向けるとジェームズが困ったように苦笑していた。切れ長の蒼い目がわずかに垂れていた。
「何を言う気なんだ」
「助かった、無言で背中を向けられるかと。聞いてくれるだけでも嬉しいよ」
 強気な言葉を口にするかと思えば、こんなことを言う。何がなんだか。
 スネイプは初めて言葉を交わすジェームズにどんな顔をしていいのか、何と言っていいのかわからなかった。
 何の共通点もない自分たちが話をしている。この状況事態が思いもかけないことで、振り回されていると思いつつ、それに抗うのも面倒で結局いつもの無表情、無愛想を貫くのが楽だった。
「それで」
「うん、それで話っていうのは、僕のことを好きになってくれないかって相談。もちろん、僕はこれ以上ないくらい君のことは好きになってる」
 サラリ、と続けられた言葉があまりに自然で、スネイプは「へぇ」と他人事のように頷いた。ジェームズの言葉を理解しつつある頭が警戒を促す。本気で意味がわからない。
「軽く言ってるように見えるかもしれないけど、これでも心臓バクバクなんだ。あんまり真面目に言うと君、引くだろう?」
「もう十分、引いてる」
 突然好きだと言われて、誰が信じるのか。誰からも透明人間扱いされている自分を誰が好きになると言うのか。いったい何のつもりで、何の話をしているんだと混乱するより不思議だった。
 逸らされない蒼い目のまっすぐな視線が強くて痛い。何をしているわけでもないのになぜか自分の劣勢を感じて居心地も悪い。相談と言うが、相談されている気もしない。
「そうか、でもこれも慣れだな。これから僕は数えきれないくらい言う予定だし」
「何を」
「お、まずは記念すべき1回目? 言ってもいいのかい?」
 晴れやかな笑顔とともにジェームズがいたずらっぽく言ったので、自然としかめっ面になる。
「・・・やっぱり言わなくていい」
 ろくなことではないと笑顔が伝えていた。
 人をからかうことに心血を注いでいるかのようなシリウスにとって、ジェームズのいたずら顔はこれ以上ない魅力を発揮しているだろう。何かやるに違いないと期待させる、スネイプにとっては迷惑以外の何物でもない一癖ある笑顔だ。
「まずは今日、と言いたいところだけど焦りは禁物って言葉もあることだし明日だな。明日午後8時、塔の上のふくろう部屋で会おう」
 あっさり背を向けたジェームズを見送っていたスネイプはハッと気付いて慌てて声をかけた。
「な、何?」
「明日8時、ふくろう部屋」
 背を向けたまま答えるジェームズが遠ざかっていく。歩くのが早い。
「じゃ、そういうことで」
 ひらひらと振られる手を見ながら、嫌でも話の内容を理解したスネイプは「行かない」と言った。
「何? 聞こえないよ」
 聞こえている癖にそんなことを言う後姿まですっきり整ったジェームズに
「行かないから! 絶対」
 叫んだ。
「わかった。待ってるよ」
 たいして大きな声を出しているとも思えないジェームズのよく通る声にスネイプは再び叫ぶ気にもなれず「知らない、そんなこと」と呟いた。
 最後まで振り返らなかったジェームズの後姿がすっかり視界から消えてしまうとスネイプは大きく深呼吸した。
 無意識に握っていた手のひらが汗で濡れていて、ポケットからハンカチを取り出して丁寧に拭いた。
 薄汚れた子供時代をスネイプは恥じていた。だから、身なりには神経質なほどに気をつかっている。
 人の倍の時間をかけて手を洗い、身体を洗い、髪を洗い、歯を磨く。爪の間が汚れるのは我慢ならないというより恐怖だった。夏でさえ洗い過ぎた指はかさつき、冬ともなれば血が滲む。
 それでも汚れている感覚は常にスネイプを苛み、ふとした拍子にパニックに陥る。
 早く洗わなくては、綺麗にしなくては、拭かなくては。いじめられる、からかわれる、殴られる・・・。
 散々悪質ともいえる暴力や嫌がらせを受けてきた身体には負け犬根性ともいうべき無条件の卑屈さと諦めが同居していて、自分の意向とまったく反対だったとしても強引な態度にでられると逆らえなかった。
 そんな自分をスネイプは嫌悪していたが15年もそうした人生を歩んできていた。これからのちの変化を期待する気持ちはとっくにない。本人が意識せずとも体も心も隷属性が刷り込まれている。
 幸福な人生と不幸な人生。
 ラッキーとアンラッキー。
 何でも持っている人と何も持っていない人。
 確実に両極端は存在する。
 幸せに包まれた人がいるならば、不幸で、アンラッキーで、何も持っていないのが自分というだけだった。15年かけて納得してきた。
 自分はふくろう部屋に行くだろう。
 8時の鐘がなるずっと前にそこにいて、逆らえないことに嫌悪しつつも諦めて、焦燥感にかられているんだろう。
 ジェームズとシリウスが薄ら笑いを浮かべて、からかいに来るのか、馬鹿にしに来るのか・・・。
 静かな渡り廊下をそっと見回す。誰もいなかった。自分の周りにはいつも誰もいない。それが悲しいと思っていたのは遠い昔だ。
 差し込む日差しが目に眩しく、空はいまだに夏模様だったが気分は晴れない。もうずっと晴れたことなどなかった。
 スネイプは白い壁にもたれ、噴水の水が色々な形に変化する様をぼんやりと見つめた。
 たまに目にする姿より、漠然と想像していたより、柔らかく話すジェームズに太陽の匂いをかいだ気がした。
 あれが明るいところで生きている人間かと思い、湧き上がろうとする羨ましさとも思える憧憬を関係ないと押さえ込む。羨んだところで何も変わらない。自分には自分の世界があり、それはジェームズとは正反対で、決して交わることはない。
 久しぶりに大きな声を出した。スネイプはそっと喉を手のひらで押さえて目を伏せる。
『これ以上ないくらい君のことは好きになってる』
 自分が住んでいる世界を思い出させる眩しい言葉はいらない。
 人から向けられる感情は嫌悪か、軽蔑か、嗜虐か、よくて無関心だった。それはいつも冷たく、スネイプの心を突き刺す。世界は氷でできている。固く、冷たく、そして痛い。
 ジェームズがたわむれに口にした言葉を必死に否定しなくてはいけない自分が哀れだった。暗く、孤独で、音のない人生を受け入れたはずの自分がそれでも期待をやめられないことを思うと、感情を殺してきた心さえ悲しがり、視界がぼやける。
 冗談にしろ、『好き』なんて、言われたことはなかった。



 現在のふくろう部屋は20年前と比べ物にならないほど大きくなっている。
作品名:days of heaven 作家名:かける