days of heaven
ヴォルデモードとの最後の闘いに向け、連絡手段はどんなものであれ一つでも多くあるほうが良いというダンブルドアの意向もあり、ふくろうたちの数が飛躍的に増えたためだ。今では塔の最上階とそのすぐ下の階の2階分を使用していた。
昔、ふくろう部屋のすぐ下は屋敷しもべ妖精たちの部屋だった。そこで50人くらいは生活していたはずだ。
彼らはふくろうたちと教職員たちの身の回りの世話を担当していた。地下にいる者たちより、しつけのゆき届いた上品さがあり、細やかな気遣いをみせた。
今朝もまるで出掛けることを予測していたかのように、真っ黒のローブはほこりひとつなく丁寧にブラシがかけられ、カシミヤのマフラーと手袋がクローゼットに用意されていた。
そのマフラーと手袋をあえて置いて出たのは冬の朝の凍えるような寒さが決して嫌いではなかったからだ。むしろ、好きなもののひとつだ。身体を刺すような冷たい空気を胸いっぱいに吸い込むのは内側から浄化されるようで気持ちが良かった。だから寒くなればポケットに手を入れる。それで十分だった。
帰る頃にはテーブルの上にホットワインが用意されているに違いなく、それも日常のささやかな楽しみのひとつだ。
屋敷しもべ妖精たちの部屋をふくろう部屋にした際に彼らはふくろう担当と教職員担当に仕事を分担し、ふくろう担当となった20名程度が3階に移った。職員担当となった残りの30名程度はダンブルドアの第二執務室の隣部屋を使用している。
彼らはめったに姿を見せない。ふくろう部屋はいつも綺麗に片付けられていたが、こちらから呼ばない限り昔も今も彼らとはちあわせたことはなかった。
スネイプは午後7時45分きっかりにふくろう部屋の扉を開けた。そっと開けたにもかかわらず蝶番がキィッと音をたてる。
昼間の暑さが嘘のように涼しい夜だった。昼間がどうであれ、10月も半ばとなれば秋なのだと実感する。
活動時間に入ったふくろうたちは半分以上が夜の散歩に出掛けていたが、まだ2,30羽程度は残っていた。金色の目がいっせいにスネイプを見る。
スネイプは誰もいないことにホッとしながら、部屋の隅に座って膝に顔をうずめた。ときおり羽音がして、1羽、2羽とふくろうたちが飛び去っていくのがわかる。
スネイプが時間に正確なのは過去の苦い体験にもとづく。時間に遅れることは自分を苦しめることだ。すぐに、殴る、蹴る、つねる、叩くなどの口実になる。自分を守るためには相手に口実を与えてはならない。隙を見せてはならない。
時間指定にはむやみに神経を使う。その時間まで何をしていても落ち着かない。昔ほど悲惨なことはないとわかっていても、びくびくするのはもう習性のようなものだった。
8時の鐘が鳴っても、ふくろうたちがすべて飛び出て行っても、ジェームズは現れなかった。わかっていたことだった。
スネイプは顔を膝にうずめたまま、じっと動かずに目を閉じていた。何も見たくないし、聞きたくない。ズボンのポケットにしまった懐中時計の秒針が時を刻む音がする。8時を過ぎた今、いつまでここにいなくてはならないのかが問題だった。
月がさえざえと回りを照らしていたが部屋の隅は真っ暗だった。遠くでざわざわと活発な気配がする。
からかいもせず、馬鹿にもせず、放置するのがジェームズのやり方か。今頃どこかで嘲笑っているのか、それとも明日嘲笑うのか。それがひどいことなのか、直接いたぶられる方がひどいことなのか、スネイプにはわからない。どうでもいいことだった。
いつものことだ、馬鹿にされるのは。
無意識の諦め顔をあげた時、タタタタッと階段を上るかすかな音が耳に入った。ついに来た、と心がヒヤリとした。
息を殺して固まっていると「セブルス、いる? 開けてくれ」と密やかな声がする。心臓が身体を破って飛び出していきそうなほど驚いたのは、その声に覚悟していた人を馬鹿にする響きがなかったからだ。
慌てて立ち上がると足がしびれていた。それでもなんとか扉を開けると、目の前に腕いっぱいに何かを抱えたジェームズが笑顔で立っていた。
助かった、と言いながらスネイプの横を通り過ぎたとき、ふわりと青色を連想させる匂いがした。水のような、ゆらめく淡い香り。なんだろう、どこかで・・・。
スネイプが首をかしげていることも知らず、ジェームズは夜にはまるで似合わない明るい声で言った。
「どうしてもミンスパイが食べたくなってさ、屋敷しもべ妖精たちに頼んだんだ。そうしたら、なんとミートパイが出てきてビックリ。そのうえ、あいつらもうすぐハロウィンだからってパンプキンパイばっかり作ってるんだ。練習とか新作とかキーキー言ってたけど聞いてられっかよ。8時は過ぎるし、結局ミンスパイは手に入らないし、仕方ないからミートパイとブラウニーとレモネード、あとはクリームチーズにクラッカー、オレンジとブドウに、あぁ、なんかよくわからないけどハムだかベーコンだかの塊をひっつかんできた」
そう言って、月の光も眩しい床にテーブルクロスと思われる赤いチェックの布で包んだ塊を置き、あー、重かったと肩をグルグル回した。
スネイプはあっけにとられてジェームズを見つめていたが、とりあえず扉を閉めた。
「そんな所に立ってないでこっち来て見てよ、この戦利品」
腕組みをしてジェームズは満足そうにニシシと笑った。
ふわふわとスネイプは歩いた。ジェームズが目の前にいるなんて夢みたいだった。その上、どううがった見方をしても馬鹿にしにきたとは思えない。
約束が約束として守られることなどありえなかった。転がっているオレンジを見つめながら「なんで?」と口にした。
「あー、ごめん、怒ってる? 8時って言ったのに遅れたもんな。謝らずに悪かったよ。ちゃんとブラウニーは確保してきたから許してくれないかな?」
好きなんだろう? と言って、ジェームズが笑ったのがわかった。
ごめんとか、悪かったとか、許してという言葉が次々と自分に向けられるのが不思議だった。聞きなれない言葉が耳に届く。
謝罪の言葉を口にするのはどんな時でも自分だけだった。それをまわりの人間は馬鹿にし、嘲笑し、軽蔑した。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」「許してください、お願い許して」「悪いのは僕だから」
叩かれながら、蹴られながら、殴られながら口にしたが自分の心が凍っていくだけで、相手には何の効力もない言葉だった。ひたすら縮こまって生活しているというのに災難は降りかかる。
「ねぇ、セブルス。今日のこの失態はノーカウントにしてくれないか?」
間近で聞こえた声に視線を横に滑らすとジェームズの蒼い目が覗き込んでいた。なぜか痛ましそうな表情で少し眉を寄せていた。
意味が分からず黙っているとジェームズがスルリと指を絡めてきたのでビクリと身体が震えた。人に触られると傷が増える。だから怖いし嫌いだった。
振り払おうとして、反対にギュッと握られる。無言で何度もそれを繰り返して、結局スネイプは諦めた。何事もなかったかのようにジェームズは朗らかに言った。
「ねぇ、セブルスって呼んでいいかな?」
「・・・もう呼んでる」
作品名:days of heaven 作家名:かける