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days of heaven

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 促されて手をつないだまま、壁にもたれて座った。ジェームズの手は温かい。誰かと手を繋ぐなんていつ以来だろう。他人の体温は苦痛だ。気分さえ悪くなる。
「うん、でもちゃんと了解を取ってなかったと思って」
 どう? とでも言うかのように手をキュッと握られて「好きにすればいい」と答えた。
「僕のことはジェームズって呼んでよ」
 聞こえない振りをしようと思ったが、「ね?」とジェームズが顔を覗き込んできたので反射的に顔を逸らすとギュッと手を握られる。絶対わざとだと思うが力が強くて、しぶしぶ頷いた。
「じゃ、呼んでみて」
 顎で「ほらほら」と促す。調子にのっている。ムッとした瞬間、横目でチラリと見た顔がニヤッとした笑みに崩れた。
「ウソだよ、呼ばなくていい」
 パッと手を離したかと思うと、もうミートパイを手にしている。我慢の限界に近づいてきていたスネイプは手を離されてホッとした。
「セブルス、レモネードをコップに入れて。確か持ってきたはずだから」
 さすがにパイはホールごとではなかったが、それでもきちんと2ピースあって、ジェームズが両手に1つずつ持ったのはきっと1つはくれるつもりなんだろう。
 スネイプはごそごそと散乱した食べ物の中を探した。それにしてもよくこんなに持ってきたものだ。オレンジなんて、なぜだか1個半ある。残りの半分はどうしたんだろう。
 決して暗いわけではない月明かりの中で見つけたのはゴムのようにぐにゃりと折りたたむことのできるコップだ。なるほど、これならまぁ食べ物に押しつぶされてもいいし、落としても割れない。
「でもレモネードはガラス瓶に入ってる、と」
 思わずスネイプは呟いた。良く考えているのか考えなしなのか、はたまた何も考えていないのか。
「ん? 何か言った? ずるいぞ、一人で楽しんで」
 ジェームズが見当はずれなことを言う。悔しそうでもあり、なんでも楽しいことには首をつっこみたがるというのは本当らしい。
「別に楽しんでない」
「うっそ。笑ってたよ」
「笑ってない」
「またまたぁ」
 何が「またまたぁ」なのか。呆れてジェームズを見ると存外、真面目な顔で「笑っててよ」と言われた。
「その眉間のシワもセクシーだけど、右頬のえくぼの方が僕は好きだな」
 ニカッと笑うとジェームズはウインクした。様になっているのがなぜだか癪に障る。
 スネイプは勢いよくレモネードをコップに入れ、乱暴に差し出した。レモネードがコップの中でユラユラと揺れる。
「サンキュー。はい、ミートパイ」
「ありがとう」
 思わず声に出していた。
「どういたしまして」
 丁寧に頭を下げられて、スネイプは戸惑った。コップを持った右手を胸に当てて、まるで騎士のようだ。横にまっすぐ伸ばした左腕の先にミートパイがあるのがちょっと滑稽だった。
「文句はバシバシ言ってきたけど、実はこのミートパイも悪くないのさ」
 パクパク食べて、ゴクゴク飲む。まるで夕食をとっていないかのような食べっぷりだ。瞬く間に食べてしまうと親指をペロッと舐めた。
「夕食から2時間もすれば腹が空くなんて当たり前だよな。育ち盛りの食欲が底なしだって忘れてんのかな」
 ぶつぶつ言いながらジェームズは食料をあさる。本当にお腹が空いているようだ。
「次はオレンジ、いやブラウニーかな?」
 まだ半分以上のパイを手に残しているスネイプにお伺いをたてるジェームスの顔に月明かりが差し込む。ハッとするくらい端整な顔がすぐ近くにあった。その中でも印象的な蒼い目が自分だけを見ている。不思議な輝きを浮かべて。その瞳の奥の優しさはなぜ自分に向けられるんだろう。
「どちらでも」
 戸惑いながら答えた。質問に選択肢があること自体が驚きだった。
 あのさ、とジェームズはスネイプの正面に移動するとコップを床に置き、あぐらをかいた。腰に両手をあて、何度か上を向いたり下を向いたりを繰り返した後、ふーっと大きく深呼吸をした。向き直った顔に笑みはなかった。
「あのさ、僕は好きな子には優しくしたいし、楽しいと思って欲しい。でも何よりセブルスが『こうしたい』ってことを尊重したいんだ。それがどんな小さなことでも。オレンジでもブラウニーでもどっちでもいいっていうのは本当なんだろう。実際僕だってどっちでもいい。ミンスパイがミートパイになったって大したことじゃないよ。でもセブルスと僕の間でこれから『どっちでもいい』はなしだ。僕はセブルスの望みをかなえたい。それが僕の楽しみでもあるし、心の糧にもなるんだよ」
 最後は言い聞かすように優しい声になったジェームズは、まずはここからさ、と言った。
「さて、オレンジとブラウニーではどっちがいいのかな?」
 夢にも考えたことのない言葉がスネイプを包み込み、ゆっくりと身体が理解し始めた。
 冷えた心に熱がさす。諦めることしか知らない心が優しくされたくないと守りに入る。
 深く蒼い目を見つめ返して口にする応えが震えた。
「ブ・・・ラウニー」
 ジェームズはニッコリ笑うと、持ってきた甲斐があったよ、と言って、スネイプの髪を優しく撫でた。



「セブルス、今回は大変良く頑張りましたね」
 期末テスト用紙を受け取りながら、スネイプはマクゴナガルの言葉に視線を逸らして曖昧に頷いた。
 渡された答案用紙には92点と書かれていて、密かに満点を狙っていたスネイプは少しばかり残念だった。平均点が70点台であることを考えればかなり上位なのは間違いない。
 前回のテストは平均を下回っていたから、いつもは点数について批評しないマクゴナガルも皆の前で褒め言葉を口にしたのだろう。
 ホグワーツの教師陣の中で40を過ぎたばかりのマクゴナガルは年齢順に並べると下から数えたほうが早かったが、厳しさの点では上から数えたほうが早い。授業態度だけではなく、生徒たちの生活全般に厳しい目を向けていた。
 クラスの生徒たちはマクゴナガルが褒めるほどの高得点をとったスネイプを奇妙な思いで見つめた。
 いったい、いつ勉強していたんだ?
 自習室、図書館、空き教室。考えてみればほとんど見かけなかった。見ていても覚えていないのかも知れず、そこのところは何とも言えない。
 誰の中でもスネイプはいてもいなくてもどうでもいい存在で、気に掛けることはない。今朝の食事さえ、テーブルについていたのかいなかったのか知らない生徒がほとんどだった。当然、普段何をしているのかも知らない。友達と呼べる人間がいないことだけは知っている。スネイプの話をする自分の友達はいないから。
 席に戻ったスネイプは答案用紙を見て×のついた設問に「やっぱり」と納得していた。ビビットカラーで、暖色系の息をしない小さな物に変身する際の呪文の一部を間違えていたからだ。迷いながら書いた呪文は「ビビットカラーで淡色系」という矛盾したものになっていた。
 スネイプの苦手な変身呪文をわかりやすく丁寧に教えてくれたのはジェームズだった。
 ふくろう部屋でレモネードを飲みながら、ノートにさらさらっと呪文を書きつけては完璧な発音で呪文を口にする。得意だという話の通り、シロクマになったり、小海老になったり、変化自在だ。
作品名:days of heaven 作家名:かける