days of heaven
基本的に学校内で魔法の使用は認められていないが、それは校長の設けた基準を犯す悪意ある呪文を指したから、いたずら呪文さえ大いに楽しんでしまう校長のもと、少々の魔法は大目にみられていた。
ジェームズは月明かりが差し込むふくろう部屋がすっかり気に入り、屋敷しもべ妖精に頼み込んで備え付けの用具部屋にテントを置かせてもらっていた。テントを広げるのはいつも暗い隅で、さらには窓に背を向けるようにしていたが、他人に見えないよう四方に魔法をかけた後にじっと月を見ていた。それで満足しているようだった。
テントは一般的なキッチン、ダイニング、居間、寝室といった部屋が揃っているものではなく、キッチンのとなりはすぐに寝室といった小さなものだった。
「小さいほうがセブルスと一緒にいられるだろう?」と言うのがジェームズの言い分だった。
「テーブルが1つ、椅子が2つ、ベッドが1つ。十分じゃないか? 好きな子とベッドで宿題をするのが夢だったんだ。寝そべってさ」
さっそくベッドに横になって、スネイプを手招きする。身体をバウンドさせて、ベッドのスプリングを確かめたジェームズは「うん、なかなか」などと言っている。
スネイプはジェームズの隣で、枕を胸の下に抱き込み、うつ伏せになった。持ってきていた変身学の教科書を開ける。今日の変身学の復習のためだ。
呪文を覚えるのは嫌いではないが、変身呪文とは相性が悪いのか覚えが悪い。薬草の調合なら、すらすらと材料の名前も呪文も出てくるというのに。
「変身学かぁ。セブルスたちはどこまで進んでるの?」
同じようにうつ伏せになったジェームズがスネイプの教科書を覗き込んで尋ねた。無視をしようかと思ったが結局は口を利くことになるのは明らかだった。これまで無視しようとしても成功したことはない。ジェームズはスネイプが返事をするまで何度でも話しかける。結局はスネイプ自身がジェームズを拒みきれないのだった。
「静物。なんでもいいから花になれって」
「ああ、僕たちも先週やったよ」
そう言って、ジェームズは笑い出した。
「シリウスがさ、マングーパカショになったんだ。どうやって呪文を調べたんだか完璧で、臭いのなんのって。鼻が曲がるかと思ったね。あ、曲がってるか、もしかして?」
ずいっと顔を近づけて「どう? どう?」とジェームズは言った。
「・・・曲がってない」
グリフィンドールは相変わらずいたずらばっかりだ。
「マクゴナガルなんて臭気で咳と涙が止まらなくて、教室から飛び出してったぜ。ちなみにピーターは気絶した」
シリウス、あいつ馬鹿だけどすごいよとジェームズは妙に感心している。今回はシリウス単独のいたずらだったらしい。
マングーパカショは1メートルほどの花を咲かせる肉食の花だ。リスくらいの大きさならパクリとやる。臭気がひどく、何も近づかないと思われがちだが何が惹きつけるのか自ら花に近づく小動物たちは例外なく蔓と花びらに絡め捕られて命を失う。
「結局シリウスは庭小人がうじゃうじゃいる裏庭の花壇に首だけ出して埋められたよ」
「えっ?」
「あ、驚いた? マクゴナガルもカンカンでさ、頭から湯気が出てたな。まぁ、あれくらいやられても仕方ない」
なんでもないことのように言うが、スネイプには信じられないことばかりだった。いたずら好きとは耳にしていたがここまでとは。身体を張っている。
「授業が終わってすぐに掘り出したから大丈夫だよ。幸い、庭小人たちにかじられてもいなかったし。相当くすぐられたみたいだけどね」
それはどちらがいいのか。かじられるほうがまだマシのような。
「で、セブルスは何になったの?」
ジェームズの何気ない問いはスネイプを落ち込ませる。何を隠そうスネイプは花になれず、なんだかよくわからない草になっていた。もっとも周りも似たり寄ったりで、花になったのが2,3人だったのはわずかな慰めだ。
いたずらのためだけに呪文を覚えたシリウスはかなり高度なテクニックを持っている。特に匂いを出すのは色をつけるより難しい。
黙っていると「ねぇ、ねぇ」と身体をずんずんと押されて、ベッドから落ちる前に仕方なく答えた。
「できなかった」
なんでもできる優秀生の笑い声を覚悟したスネイプの耳に聞こえたのは「でも何かにはなったんだろう?」と言う普通の問いだった。そっと横をうかがうと、ジェームズは左肘をついた手のひらで頭を支え、静かにスネイプを見ていた。
「何になるつもりだった?」
スネイプはヘッドボードに置いていた薬草学で使う植物図鑑の1ページを見せた。笑われないといいなと思った。
「あぁ、カラーか。意外だな。こういうのを選ぶなんて。ちょっと見せて」
ジェームズは図鑑を引き寄せ、科目、特徴、開花時期や生息地域などの説明文を読み始めた。呪文を唱えるにはそれがどういうものなのか内容を知らなければならない。
カラーはスネイプが一番好きな花だ。
マーガレットやアマリリスと言った花弁が何枚もあるものではなく、花弁に見えるものと茎が一続きになったような一風変わった花で、スッと伸びた姿が貴婦人のようだった。
花びらに見えるものは本当は花ではなく、普通めしべと思われる棒状のものが花なのだがスネイプは見た目通りに受け取ることにしていた。
「うん、だいたいわかった。見れば見るほど優雅な花だなぁ。でもちょっと難しいな、これは。チューリップとかパンジーは簡単なんだけど」
ジェームズは図鑑をスネイプに返しながら言った。
「ねぇ、セブルス。どこまでできた? 石とか草になった?」
「・・・草」
「どんな?」
「水仙みたいな」
「長くて、すっとしてるってこと?」
「30センチくらいしかなかったけど」
ジェームスは軽く頷いた。
「オッケー。じゃ、ちょっと見てて」
目を閉じ、咳払いをする。
すぐに流暢な呪文が抜群のリズム感でジェームズの口から飛び出した。まるで子守唄のようにゆったりとしている。
そういえばマクゴナガルが言っていた。白を基調とする花は子守唄のように呪文を唱えなさいと。近づけば近づくほど白色になり、感情が乱れるほど色がつきます。
ハッと気付くとジェームズの姿はなく、代わりに深緑のリボンで結ばれた5本の真っ白なカラーの花束が横になっていた。
なんて綺麗な。
スネイプはそろそろと手を伸ばして花びらに触れた。
真っ白な花びらは茎に近づくにつれて緑がかり、すっと伸びた茎の下のほうからゆるく波打った長い葉が派生していた。
まるで朝に摘み取ったかのように瑞々しく、しっとりとした感触が伝わってくる。
めしべの黄色さも花びらの白、茎の緑と調和がとれており、華やかさを静かに表現している。
茎の真ん中で結ばれたリボンの先がゆるく巻かれていて、花の気品さに柔らかさを与えていた。
センスがいい。
スネイプは心から感心した。花の白さ、優雅さ、美しさ。どれをとっても完璧だ。
こんな花束をもらったら女性は嬉しいだろう。大人の女性、ああ、花嫁の胸元に似合いそうだ。束ねられた白い花は純潔さや未来への期待をイメージさせる。
スネイプは自然に微笑んでいた。花に癒され、久々に穏やかで優しい気持ちになっていた。
作品名:days of heaven 作家名:かける