days of heaven
「変身呪文はね、構文もリズムも大切だけど物によっては心で想うことも必要なんだよ」
ジェームズはスネイプを起き上がらせ、ヘッドボードに枕を立てかけるともたれて座るよう促した。
植物図鑑を手にジェームズも隣に座った。肩と肩がぶつかり、一瞬スネイプは身体を離しかけたがそのまま力を抜いた。肩先に他人の体温を感じる。体の奥から湧き上がり始めるかすかな嫌悪感をひどくならいうちに慎重に押さえ込む。そこだけ何か違う世界を覗いているようだった。
「まずカラーの基本構文は花呪文を下敷きに白、サトイモ科、ザンテデスキア属を使う。面倒だけど白の発音はきちんとしないと色がつく。語尾をゆるくして黄色と黄緑色の単語を2段重ねで入れて。難しいけど黄色を上にしないとだめだよ。そうすると花びらの下のほうに裏表とも色がつくから。あと茎の部分は少し強めに発音するとまっすぐになる。たぶん葉が水仙みたいになったのは波型の構文のスペルが間違ってるんだと思う。もっと葉も広くしなくちゃね」
さらさらとノートに構文を書きながら、ジェームズが説明をしてくれる。さきほどのことはまるでなかったかのような淡々とした態度だ。取り乱したことを気まずく思っていたスネイプはその態度にほっとした。
「こんなもんかな。全体的には子守唄程度のスローリズムで、音の強弱は練習でコツをつかむしかないよ」
サラッと説明文を読んだだけでカラーに変身したジェームズとの能力の違いを感じる。頭がいい悪いということではなく、概要をとらえるセンスがいい。こればかりは持って生まれた差もあるだろう。
ジェームズが書いた構文を見てみると、自分が組みたてたものとは異なり、意外にも柔らかさをプラスする構文が入っていた。指摘された通り、波型の構文も違っていた。
すぐにこんな難しい構文を組み立てられるジェームズが授業で何に変身したのか、スネイプは知りたくなった。どんな派手で綺麗な花になったんだろう。真っ赤、もしくは黄色? ひまわり、なんて彼らしい。
「あの」
チラッと横を見ると「なに?」と蒼い目に優しく尋ねられた。あぁ、もっと優雅なものかもしれない。あの伝説の青いバラ、とか。
「何に変身した?」
「あぁ、僕?」
頷いて、先を促す。バラ、ユリ、しゃくなげ? 優雅で美しく代表的な花だ。誰もが知っていて、顔をほころばすような、そんな花に違いない。それが似合っている。
「かすみ草」
「え?」
「シリウスがあんなことをした後だったから、マクゴナガルのご機嫌をとったのさ」
マクゴナガルはああいうのが好きみたいでさ。
あっさり明かされた答えは思いもかけないものだった。
簡単にジェームズは言ったが、かすみ草の構文はたぶんカラーより難しい。白く、小さく、細く、花がたくさんついている。
どれもこれも相当な技量がないと発音でひっかかるし、構文の組み立て順を一つでも間違えればとんでもないものができあがる。
「すごい」と思わずつぶやいたスネイプに、ジェームズはプーッと噴き出した。
「こんなの練習すれば誰でもできるよ」
「できない」
「できるって。そうだ、期末テストでマクゴナガルを驚かせてやろう。セブルスが満点とったらビックリするぞ」
ジェームズは目を輝かせた。生き生きしている。どんなことでも人を驚かすことが好きなのだ。
「僕がちゃーんと教えてあげるから。90点目指そう、セブルス」
パタンと勢いよく、図鑑を閉じてジェームズは高らかに宣言した。スネイプの顔を覗き込む目がキラキラしている。
「満点じゃなかったの?」
スネイプはちょっと意地悪な気持ちになってジェームズを見た。こんな言い方ができる自分が不思議だった。
「ん? いいよ、満点でも。そうする?」
余裕で返されて慌てて否定した。
「まさか!」
「じゃ、90点ね。決まりっ!」
約束したことになってしまい「そんなの無理」と言ったが、ジェームズは「90点、90点」とウキウキした調子で口にし続け、スネイプの言うことを聞こうとはしなかった。
期末テストは92点で、もちろんジェームズとの勝手な約束ははたせたのだがスネイプは満点をとるつもりにしていた。
何度も同じ間違いをして、同じ説明をさせた。ノートにつづられる構文はすべてが読みやすい訳ではなかったけれど、それを補って余りある説明と発音だった。決して覚えの良いとは言えない自分に一生懸命教えてくれたことを思うと申し訳ない。
しかし、何より心が求めていた。毎日少しづつ心に降り積もっていく思いに戸惑いながら、どうしようもなく望んでいた。
ジェームズを喜ばせたい。
スネイプは早くも夜8時を待ち望んでいた。満点でないことは残念だけれども、ジェームズに早く答案用紙を見せたかった。
「約束は守った」と堂々と見せることができる。
心が期待している。ジェームズの態度を期待している。
何度もブラウニーを持ってきてくれて、うまく呪文が口にできたときは驚くくらい喜んでくれて、怖さを感じさせる前に強引に手を繋いでくれて、蒼い目を細めて微笑んでくれた。
それがメッセージだと気づいた時、迷い恐れながらもスネイプは少しだけ信じてみようかと思った。好きなものを知っているよ、君が喜ぶと僕もうれしいよ、汚れていないよ、好きだよ、僕を信じてよ、と雄弁に語りかけてくるジェームズを。
「好きな子には優しくしたいんだ」と何度も口にして、態度で示す。恐れなくてもいい、あるがままでいいと教えてくれていた。
ジェームズの傍では息が楽にできる。十分すぎる言葉と態度に肩の力が抜けて寄りかかってしまってもジェームズが支えてくれるという安心感に包まれている。一人じゃないと思うとき、力がわいてくる。
心が少しずつジェームズに傾いていく。
怖くて仕方ないのに、それをどうやって止めたらいいのか、スネイプにはもうわからなかった。
ジェームズがセブルス・スネイプの存在を知ったのは、ホグワーツに入学して4年目の冬、2年前のことだ。
それまでいるのかいないのかさえ知らなかった。知っていたかもしれないが気にもしていなかったから知らないのと同じだ。
その日は一昨日の夜から降り続いた雪が70センチも積もり、外は見渡す限り一面の雪景色になっていた。おかげで、せっかくの休日だというのにホグズミート行きは中止されていた。
そのうっぷんを晴らすためでもないが、ジェームズとシリウスはリーマスとピーターが止めるのもかまわず、自分たちの背丈の倍ほどもある雪だるまに魔法をかけてグリフィンドール寮の廊下を走らせるという馬鹿馬鹿しいほど大掛かりだが妙に盛り上がる勝負に臨んでいた。
かの有名な「リア・オセロ」のホットチョコレートを賭けており、それに便乗して周りでも勝手に賭け事が始まっていた。寮生たちはジェームズ陣営とシリウス陣営に分かれて、こちらもまた2人に負けず劣らず派手に盛り上がっていた。
掛け率はシリウスがわずかにジェームズを上回り、何でも「ジェームズの言う通り」なピーターさえシリウスに軍配をあげている。
「勝負は見かけじゃないよ」
作品名:days of heaven 作家名:かける