days of heaven
ジェームズの雪だるまはシリウスに比べて不恰好で、ごつごつしており、見た目が悪い。全体的に重そうで、いかにも走るのが遅そうだ。掛け率の差もそれが原因だと思われたが、それにしてはジェームズが善戦していた。
「負け犬の遠吠えだな」
「まだ勝負してないだろう?」
「一本勝負だぜ、ジェームズ」
「望むところ」
「いざ勝負!」
シリウスの一声で緊張が高まる。寮生たちも自分が賭けたゴブリン銅貨が増えて返ってくるのか、はたまたまったく戻ってこないのかが掛かっているため応援にも熱が入る。
「ジェームズ、頼むぜっ」
「シリウス、負けるな」
大合唱だ。女子はともかく、男子でこのレースに参加、観戦していないクラスメイトはいない。入学して4年目、彼らの仲は大変良く、特にこのような騒ぎは皆一丸となって楽しむ傾向があった。ジェームズとシリウスが中心となって、クラスの雰囲気を決定しているのは間違いない。
中立的立場のリーマスが苦笑しながらスタートの声をかけた。
2体の雪だるまは意外にも正反対の動き方で廊下を進み始めた。シリウスの雪だるまはスルスルと滑るように進み、なんとジェームズのほうはびょんびょんと跳びはねて距離をかせぐ。不恰好さも手伝って、なんとも笑える姿だ。
「ばか、ジェームズ、真面目にやれ!」
「いいぞ、ジェームズ、かっこ悪ぃ!」
「そのまま行け、あはははは」
応援にしろ、ヤジにしろ、何事にも中心にいるのはジェームズだ。シリウスはクスリとも笑わなかったがジェームズと目が合うと余裕の表情で眉を上げてみせた。
「まぁ、見てろ。そろそろだから」
ジェームズが腕組みをしながらニヤリと呟いた、まさにそのとき。
「ドドーン!」とかん高い嫌な声がした。
同時に大きな氷が廊下に落ちてくる。
「ドドーン!」
ビープスが嬉々として氷を落としていた。合間に氷粒を寮生たちに向かって投げるのも忘れない。そのうえ、外の雪まで使っているのか、一方的な雪合戦まで展開された。
「いてっ」
「こらっ、ビープスッ!」
「やめろって」
氷粒と雪玉が雨あられと降ってきて、グリフィンドールの廊下は大混乱に陥った。果敢にも投げ返す寮生もいたが、体の中を通り抜けるのだ、ビープスには関係ない。
「ドドーン!」
次々に氷を投げる。魔法をかけていない氷は暖かな校内ですぐに溶け始めた。廊下の赤いカーペットが水で濡れていく。氷粒から逃げ惑う寮生たちの靴の下ですぐにぐちゅぐちゅと音をたて、水溜りがそこかしこででき、それがまた踏み荒されて飛び跳ねる水にますます寮生たちはぬれていく。
ぎゃーぎゃー騒ぐ寮生たちに気が済んだのか、手持ちの氷粒がなくなったのか、ビープスは最後に「ドドーン!」と言って、一際大きな氷を落とすと「キャーハハハハ」と耳障りな笑い声を上げて去っていった。案外早くに消えたが被害は甚大だ。
ビショビショだよ、ひどいな、着替えなきゃ、などと寮生たちは水滴を払いながら話していたが、ハッと気づいて廊下の先を見た。
「見かけじゃないだろう?」
混乱の中、ジェームズが満面の笑みを浮かべてシリウスに言った。
ジェームズもシリウスも上から下までびしょ濡れだ。先ほどの位置から動いていないところを見るとどうやら2人はビープス騒ぎにも動じず、雪だるまレースを進めていたらしい。
その雪だるまはというと、廊下の奥にたどりついているのは1つだけで、あのごつごつした不恰好な姿はジェームズのものだ。シリウスの雪だるまはビープスが投げた大きな氷に何度か躓き、ゴールまであと少しというところで無残な姿で崩れていた。飛び跳ねていた分、ジェームズの雪だるまは氷に躓くことがなかったのだろう。
「こんなことになるんじゃないかと思ってガチガチに固めておいたのさ」
「あれは不可抗力だろ」
「先を読まなきゃ」
そう言って、ジェームズは肩をすくめた。シリウスはくっそう、ビープス、今度見つけたら殺してやると叫んだ。
「死んでるけどね」
ジェームズが濡れた髪をかきあげ笑いながら言うとシリウスは大げさにため息をついた。
2人の会話をじっと聞いていた寮生たちはシリウスが負けを認めたことを確認し、ジェームズ陣営は歓声をあげ、シリウス陣営はうめき声をあげた。
「さーて、払い戻しだ」
「あんなんありかよ」
ゴブリン銅貨を入れた袋を持ったジェームズの周りにわいわい、がやがやと勝ち組が集まる。ジェームズの肩を叩いて誉めたり、握手を求めたりと興奮気味に話をしていた。やっぱりジェームズは頼りになる。
そこへ「何事です!!」と現れたのがよりによってマクゴナガルだ。
廊下は水浸し、シリウスの雪だるまは溶け始めてカーペットから染み出した水が勢い良く寮生たちに向かって流れてきているし、誰の姿もずぶ濡れで、寮生たちがむやみに動いたため赤いカーペットは埃や塵が浮き出てどす黒く染まっていた。
マクゴナガルはサッと杖を一振りすると巨大な雪だるまを2体とも消してしまった。
「ジェームズ! シリウス!」
誰に聞かなくとも、この2人の名前を呼べば間違いはない。まったくこの2人は勉強もできるが、それと同じくらい次から次へと騒ぎをおこす。それでもグリフィンドールが他寮よりまとまりが良いのはこの2人の力だということはマクゴナガルにもわかっていた。
やれやれと内心ため息をついて2人を見ると小突きあっている。反省しているわけでもなく、悪いのがどっちだと言い合っているのでもない。互いをたたえあっているとでも言おうか。
「あなたたちはいつもいつも突拍子もないことばかり考えて。この惨状は何ですか! こんなことでは下級生に示しがつきません。反省なさい」
ただでさえつり上がり気味の目をさらに吊り上げて、マクゴナガルは厳しく言った。ごちゃごちゃ言ってもジェームズとシリウスには効き目がない。びしっと1回叱ればわかるとはいえ、こう何度も突拍子もないことをされては教師の立つ瀬もなく、頭が痛い。
マクゴナガルはまわりの寮生たちにも目を向けた。
「あなたたちも同罪です。ここの掃除は皆でやりなさい。魔法は禁止です。3時間後に確認に来ますから、それまでに綺麗にしておきなさい。・・・ジェェェームズ!!」
寮生たちはうなだれていたり、居心地が悪そうだったりと反省らしきものはしているようで、主犯2人もこれくらい素直ならいいのにとマクゴナガルは思いながら話していたのだが、思わず叫び声をあげた。
「何をしているんです!!」
なぜかジェームズの傍で屋敷しもべ妖精が洋服を差し出していた。
「ピッティに持ってきてもらったんです」
済ました顔でジェームズが答えたのでマクゴナガルはますます目を吊り上げた。
「ピッティ?!」
「はい。彼です」
屋敷しもべ妖精はマクゴナガルのキンキン声に恐れをなしたのかジェームズの影に隠れるようにして小さく頭をさげた。
冷静に答えるジェームズに、どちらが生徒なんだか、とマクゴナガルは怒りで頭がくらくらする。
「どういうことですか!」
「罰は覚悟しています。だって、先生は僕とシリウスには掃除をさせるくらいじゃ駄目だって考えるでしょうし、それなら着替えておかないと風邪をひいてしまいますから」
作品名:days of heaven 作家名:かける