days of heaven
マクゴナガルは唖然としていたが、シリウスの隣にまた別の屋敷しもべ妖精が現れたのを見て金切り声を上げた。
「ジェームズ! シリウス! 頭を冷やしてきなさい!!」
杖を大きく一振りするとグリフィンドール1、2のいたずら生徒がパッと消えた。
マクゴナガルがジロっと見ると寮生たちの背筋がビシッと伸びる。先ほどのやりとりで恐怖を覚えたらしい。怒られることがわかっていても、ジェームズとシリウスが揃うと寮生たちはつい気が大きくなり羽目を外すらしかった。
「いいですか、あなたたちも彼らみたいになりたくなかったら、すぐに掃除をしなさい。隅から隅まで綺麗にするんですよ」
「せ、先生。ジェームズとシリウスはどうなったんですか」
恐る恐るといった具合に寮生の一人が尋ねる。それにふん、と鼻息荒くマクゴナガルは答えた。全員がその姿を見つめていた。
「東のはずれの池まで吹っ飛ばしてやりました。これで頭もしっかり冷えるでしょう」
「で、でも、先生。僕たちびしょ濡れです。外は雪が積もっていますし、風邪引いてしまいますよ」
衝撃を受けている寮生たちにマクゴナガルはきっぱりと言った。
「自業自得です!」
そうして、クルリと背を向けた。
一方、吹っ飛ばされた2人は5メートルほどの間隔をあけて雪の中に放り投げられていた。
「ひっでぇな」
「寒っ!」
ここがどこなのか確認する余裕もなく、ガチガチと歯を鳴らしながら着替えをする。服は屋敷しもべ妖精の手からちゃっかり掴み取っていた。
「洒落の、わ、わからないっ、教師だなっ」
瞬時に冷えた身体を震わせながらシリウスが文句を言った。髪の毛も凍り始めている気がする。
濡れて足に張り付いたズボンを四苦八苦しながら下ろした拍子に勢いあまって雪の上に尻餅をついたシリウスは「うわっ」と叫び声をあげた。身動きもとれずにそのまま雪の中に沈みこんでいく。
「わわわっ」
「遊んでる場合じゃないよ、シリウス。冗談じゃなく、早く帰らないと風邪をひく」
濡れたシャツを放り投げ、青いセーターに腕を通しながらジェームズが声をかける。シャツなどの下着はない。それでも何もないよりマシだ。
「遊んでいるわけないだろっ?! 起き上がれないんだよ、このくそ忌々しい雪のせいで!」
「前より短気になったな、マクゴナガル。そう思わないか?」
「ジェームズ! 俺は凍死するぞ! 助けろって」
シリウスは雪の中でもがきながら叫んだ。ズボンを半分脱いだ格好でじたばたしている姿は滑稽だ。
背中が凍る! 凍った! 寒い! 死ぬ! 馬鹿! いい加減にしろ!とシリウスは続けざまに悪態をついた。
吐く息も真っ白で、気温も相当低い。すでに風邪はひいているだろうが寝込みたくはない。
さすがに気の毒になったジェームズはもがいているシリウスを助け起こそうと足を動かしたが、膝上まで雪の中に埋まっているため足を引き上げるだけでかなりの労力を要した。これは雪を取り除くしかないと濡れたズボンのポケットをさぐる。しかし、あるはずのものがない。むやみにズボンを始め、体中をパンパンとたたいてみたがない。
「やばい、シリウス! 杖がない!」
「それより助けろ!」
「そこに行くまでが大変なんだ。杖があったら一発だろうっ」
「俺の杖もないんだよ、マクゴナガルが取り上げた。吹っ飛ばされる前にやられただろっ」
「なんだ、マクゴナガルか。ということはここから歩いて帰って来いってことか?」
ようやくあたりを見回すと、ここはホグワーツの東はずれだ。すぐ後ろに大きな木がそびえ立ち、目の前に氷の張った湖面が広がっている。
「本気で寝込ます気だな」
「いい加減にしろよ、ジェームズ!! 心臓が止まる、殺す気か?! 早くどうにかしてくれ」
「わかってるけどなかなか足が抜けないんだ、この雪で」
苦心しながら足を進める間にジェームズの濡れたズボンも凍っていくようだ。さすがに寒い。シリウスの血の気のない顔、青い唇を見る限り、自分も大差ない状態になっているだろう。歯が噛み合わない。
ようやくシリウスのそばにたどり着くと、冷えた手を握りひっぱりあげた。
「悪いな、ジェームズ。早く着替えちまおうぜ」
シリウスはようやくズボンを脱ぎ、シャツを脱いで、靴下を放り投げた。髪が雪まみれになっていたが払う余裕もない。
「お前を助けに来た僕は乾いたズボンのとこまで、また雪の中を戻らなきゃいけないんだよ」
「そううんざりした声を出すなよ。これから学校まで帰らなきゃならないんだぜ」
帰った頃にはまたびしょ濡れだ、とシリウスはジェームズの後ろ姿にブツブツ言った。
ようやく乾いたズボンを手にしたジェームズは体温を奪う濡れたズボンを脱ぎ落として、下着がないことに気づいた。ピーッティー、お前は間抜けすぎだ!
文句を言う相手がいないので、さっさとパンツを脱ぎそのままズボンをはく。靴下があるだけマシだが靴は濡れている。
ジェームズ、とシリウスの声に呼ばれて振り向いた。セーターもズボンも真っ黒のシリウスはこんなときでも野性的な雰囲気を無駄に放出している。雪の上に現れた黒豹といったところか。最上級生になった頃にはこの鋭い自然さが男らしいと人気を博すんだろう。まぁリーマスが眩しそうにしているのもわからなくはない。
「俺は決めた。次のターゲットはマクゴナガルだ」
「そう言うと思った。前向きな発言だけどまた吹っ飛ばされるな」
「春ならいいだろ。湖に投げ込まれようが寒くない」
「5月かな。気の長い話なことで」
「頭を冷やさないといいアイディアが浮かばないからちょうどいいさ」
「この雪で僕の頭も体も冷え切ったよ。なぁ、靴は履くべきだと思うか?」
靴下を履き替えたジェームズはびしょ濡れの靴をぶら下げて見せた。
「履けよ。手に持ってたって仕方ない。どうせ濡れるんだ」
それもそうだな、と答えてジェームズは靴を履きながらシリウスに尋ねた。
「ここからだとどれくらいかかる?」
「30分ってとこだろ。あぁ、雪があるからもっとかかるな」
「コートもなしで、か」
「マフラーも手袋もない代わりに、びしょ濡れの靴と髪で暖を取れってことなんだろ」
「僕に怒るなよ。真剣な話、2,3日寝込むことは覚悟しないとマズい」
「別に寝込んだってかまやしないさ。大げさにウンウン唸ってやる」
シリウスはふん、と大きく鼻をならした。
「それには賛成だけど一つ困った問題があるな」
「なんだよ」
「リーマスさ。3日後は満月だろう」
「しまった、そうか。まずいな。熱を出してる場合じゃない」
「僕たちがいくら頑丈にできてるからってさすがに今回は寝込むだろうな」
ジェームズがため息をついた時、上から小さな声と何かが降ってきた。
「これをあげる」
反射的に見上げると、幹に背をもたれかけた小柄な男の子がいた。羽織っただけの紺色のダッフルコートから見える胸のエンブレムは赤。スリザリン寮生だ。下級生に見える。
「君、誰? どうしてここにいるの?」
「それ、あげる」
ジェームズの問いに答えず、男の子は下を指差した。指の先をたどっていくと赤い小さな袋が落ちていたので拾い上げる。
「これ?」
作品名:days of heaven 作家名:かける